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 それから一週間後、春の優しい風がビルの間を吹き抜け、青い空がどこまでも続くそんな日に、千夏の一日密着が始まった。まさかこんなに早くことが進むとは思ってもみなかった。何でも、千夏の前に密着した人物がスキャンダルを起こしたとかで、テレビ放送が出来なくなってしまったらしい。そのため千夏の密着を急遽お願いしたいとテレビ局の担当者に泣きつかれ、今日密着することが決まった。

 千夏のいる社長室に大きなカメラが一台と、ハンディ用の小さいカメラが用意され、数人のスタッフが慌ただしく社長室を行き来している。

 そんな中、千夏は自分のデスクでいつも通り仕事をこなしていた。いつもと変わらない落ち着いた千夏を見つめ、テレビ局のスタッフ達はひそひそと話をしていた。

「あの人が『ボディ&ケア』の女社長、泉堂千夏か。かなりのやり手で美人だって噂だったよな。確かに美人だよな。それに俺達がこれだけ騒がしくしてるって言うのに堂々と仕事してる」

「ああ、マジすげーよな。普通はソワソワして集中出来ないもんだけどな」


 陽翔はそんな風にテレビ局のスタッフが、千夏の噂話をしているのを聞き耳を立てながら、コーヒーを片手に千夏に元へと急いだ。

「千夏さん、大丈夫ですか?コーヒーでもどうです?落ち着きますよ」

「あっ……ありがとう。陽翔くん」


 千夏は何でも無い様子で、陽翔からコーヒーを受け取った。しかし、その手はカタカタと小刻みに震えていて陽翔が「ぷっ」と吹き出した。

「千夏さん、そうやって強がるの千夏さんの悪い癖ですよ。大丈夫です。俺も近くにいますから、いつもの千夏さんで……ね」

 陽翔はそう言って、コーヒーを両手で握り絞めている千夏の手を包み込む様に握り絞め、パチリとウインクをして見せた。可愛らしい陽翔の仕草に思わず千夏も吹き出した。

「陽翔くんは可愛いなー」

 千夏がそう呟くと、陽翔の顔が近づき耳元で囁いた。

「千夏さんの方が、かわいいですよ」


 今まで聞いたことの無い、陽翔の低音の甘い声に、千夏の身体がカーッと熱くなる。

「あっ、もうすぐ始まりそうですね。千夏さん深呼吸ですよ」

「うん。そうね」

 千夏は、深呼吸を繰り返す。

 いつの間にか陽翔のおかげで、震えも止まっていた。

 うん……私は大丈夫。

「陽翔くん、ありがとう」

 そう言って微笑むと、陽翔はフイッと視線を逸らしてしまった。その横顔は少し赤くなっているように見えて……。

 ふふふっ……。

 かわいい。




 そうして千夏の一日密着が始まった。