「お前は一人でも大丈夫」ですって?!~振る際の言葉にはご注意下さい。


 髪を乾かし終わった千夏が、リビングに向かうと、テーブルの上には出来たてのナポリタンの他に、生ハムとチーズの盛り合わせにサラダなどが並んでいた。更に千夏を驚かせたのはリビングの状態だ。

「きれいになってる……」

  
 干しっぱなしの洗濯物は綺麗に畳まれ、散らばった雑誌類はかたづけられ、書類も種類別になっていた。唖然とする千夏にそっと近づいた陽翔は後ろから抱きついた。

「わー。千夏さんめちゃくちゃ良い匂いがする」

 そう言って陽翔は千夏の髪に顔を埋めてくる。

「ひゃー。陽翔くん、ちっ……近い」

 そう言って離れようとする千夏を逃がさないとばかりに陽翔は両腕に力を込めた。

「千夏さん、俺がんばったでしょう?ご褒美ちょうだい」

 ご褒美?

 一体何をあげれば……。

 ゆっくりと振り返った千夏の目に飛び込んできたのは陽翔の熱い眼差しだった。もう我慢が出来ないといった様子で、千夏の返事も聞かずに、その赤く柔らかい唇を陽翔は奪った。

「んっ……んぁっ……んんっ……」

 やだ……声出ちゃう。

 千夏は陽翔の胸をポコポコと叩いてみるが、すでに右手で頭を押さえられ、左腕で腰をホールドされた状態では、唇を離してくれる様子は無い。

 ダメ……力が入らない。

 更に激しくなる口づけに抗うのをやめた頃、やっとその唇が千夏から離れた。

「……っん……ふぁ……」

 ガクガクと震える両膝に力を入れるが立っていることが出来ず、千夏は陽翔に寄りかかりその身体を預けた。そっと見上げると満足そうに笑う陽翔の顔がそこにはあった。

「さあ、千夏さんご飯冷めちゃいますから食べましょう」

 えっ……こんな状態で食べられないわよ。

 何だか……もう、お腹いっぱいみたいな……。

 ソワソワしている千夏を陽翔はおもむろに横抱きで抱き上げた。

 お姫様抱っこ!!

 意外としっかりとした筋肉の付いた陽翔の身体は、ふらつくことも無く千夏を椅子へと運び、座らせてくれた。

「はい。千夏さん冷めないうちに召し上がれ」

 まだボーッとしている千夏の手に、陽翔はチーズを刺したフォークを持たせ、甲斐甲斐しく世話を焼いてく。

「ほら、千夏さんしっかりフォーク持って下さい。ワインここに置きますよ。チーズ美味しいですから、口に運んで下さい」

 千夏は陽翔に促されるまま、食べ物を口に運ぶ。それを咀嚼して飲み込むと、少しずつボーッとしていた頭が動き出す。



 私は何をやってるんだろう。

 年下にペースを乱されて自分の思い通りにならない。

 こんなこと初めてだ。

 かっこ悪い姿ばかり晒しているというのに、引くことも無く目の前の陽翔はいつも嬉しそうで……。 

 そっか……。

 格好つけなくていいんだ。

 この人の前では素の自分でいられる。



「はい。千夏さんの好きなナポリタンですよ」

 フォークでくるくると巻いたナポリタンが目の前に現れた。反射的に口を開きパクリと食べると、陽翔が目を見開いた後、目を逸らし震えていた。どうやら陽翔はナポリタンを巻いたフォークを千夏に手渡そうとしたようなのだが、千夏自らが食べに来たことで、思いがけず狼狽してしまったようだ。

 しかし千夏はそんな陽翔の真意に気づくことは無く、もぐもぐと美味しい食事を堪能した。