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 陽翔が入職してきて一ヶ月が過ぎていた。5月の連休も終わり、気候も20℃を超える日が増え、随分と過ごしやすくなってきていた。時々吹く風がとても心地よい、そんな日に社長室で第二秘書の雨沼愛は泣いていた。

「社長、今までありがとうございました」

 涙を流しながら頭を下げる愛に、千夏は用意していて花束を渡す。すると更に涙を流しながら、愛は千夏に抱きついて来た。はち切れんばかりに大きくなったお腹をグイグイと押しつけてくる愛。そんなに大きくなった腹部を押しつけてはお腹の赤ちゃんに障るのではと心配になってしまう。 

「ちょっと愛、落ち着いて」

「だってー。お花まで用意していただいて……」

 エグッエグッと嗚咽しながら泣く愛を、なだめながら千夏は呆れたように、それでも嬉しそうに微笑んだ。

「もう、愛ったら辞めるわけじゃ無いんでからそんなに泣かないの。産休に入るだけでしょう。元気な赤ちゃん産んだら帰って来てもらうわよ。そのまま辞めるなんて言わせないんだから」

「ううっ……辞めるなんて、そんなこと言うわけないじゃない。こんなに働きやすい職場ないもん」

 千夏の会社は三分の二が女性社員だ。そのため女性が働きやすい職場を目指している。会社の近くに託児所を設けていて、子供のいる社員から喜ばれていた。しかも、ちょっとした風邪や熱などでも見てもらえるように、看護師が常時いる託児所を完備している。他にも産休育休の制度はもちろんの事、産後復帰してからは、残業にならないよう定時に帰れる環境づくりや、急な早退、休みにも対応出来るようにしている。働くお母さん達は大助かりらしく、良く感謝をされていた。

 抱き合う愛と千夏を見つめ、陽翔も花束を渡した。

「愛さん、元気な赤ちゃんを産んで下さい。愛さんの帰りをお待ちしています」

「んもー。陽翔くんかわいい。ありがとう。ホント、出来る後輩が入ってくれて安心して産休に入れるわ」

 陽翔が入社して一ヶ月、あっという間に愛と磯田から教わった業務を覚え、秘書としての仕事をこなしていた。磯田が言っていた通り陽翔は出来る人間のようだ。


「陽翔くん、千夏のことお願いね」

 そう言った愛は意味深に笑っていて、それを見た千夏が首を傾げていると、陽翔が嬉しそうに返事をした。

「はい。撒かせて下さい愛さん。ご期待にお応えしますよ」

 陽翔の答えに「ふふふっ」と愛が嬉しそうに微笑んだ。