千夏はもう一度溜め息を付いた。
そして最後に会った日の事を思い出す。あの日サラッと帰って行ってしまった陽翔だったがその前に色々とあったのだ。思い出すのは寂しそうな陽翔の顔……。
私はあの日、ドキドキと高鳴る鼓動を沈めるため平静を装っていたが、それが空回りし、陽翔に言わなくて良いことを言ってしまったのだ。
「年下は好きじゃ無い」と……。
それを聞いた陽翔は悲しそうに顔を伏せた。
そして「そっか……」と呟くと仕事を終わらせ帰ってしまい、次の週にはハウスキーパーを辞めていた。
あんなこと言わなければ良かった。
どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
素直になれない自分のせいで、陽翔くんを傷つけてしまった。
千夏が自己嫌悪陥っていると、心配した秘書が声をかけてきた。
「社長大丈夫ですか?何処か具合でも悪いんですか?」
そう聞いてきたのは、来月から産休に入る予定となっている第二秘書の雨沼愛(あまぬまあい)だった。
「愛……じゃなかった。雨沼さん、ありがとう。調子が悪いわけではないの……」
愛はこの会社を立ち上げた頃からずっと一緒に頑張ってきたメンバーの一人で、仕事では良きパートナー、会社を出れば親友の関係だ。彼女は最近までロングだった髪を、出産に向けてショートに切っていた。それが童顔な彼女に思いのほかとても良く似合っていた。最近は大きくなったお腹を支えながらも仕事をこなしてくれている。
妊婦に心配かけるなんて、私は社長も親友も失格ね。千夏は愛に心配かけまいと笑顔を見せた。
「ちょっと考え事をしていただけなの。元気だから大丈夫よ」
「そう。それなら良いけど……。何かあったら言ってよ。何でも自分で解決しようとするところが千夏にはあるから心配よ」
今、この部屋には私と愛の二人だけのため、言葉づかいが砕けた感じになっている。
千夏が「はははっ」と笑うと何かに感づいた愛がズイッと近づいて来た。
「もしかして達哉さんと何かあった?」
あーそうだった。
そういえばそんな事もあったっけ……。
何でだろう。
達哉のことはこれっぽっち頭の中に無く、失念していた。
「えっと……達哉とは別れた」
「うそ!!どうして……うまくいってたよね?」
「はははっ……」
乾いた笑い声を出し、頬をかく私を見て、愛が眉を寄せた。
「どうして男は千夏の良さが分からないの!?こんなに格好良くて可愛いのに!!」
格好良くて可愛い……?
なぜか私は昔から女子にもてる。学生時代バレンタインの日には毎年、男子より多くのチョコをもらっていた。両手に持ちきれないほどのチョコを持つ千夏は、男子生徒達から冷たい視線を向けられていた。社会人になればこの状況が変わるかもと思っていたが、あまり変わらなかった。バレンタインの日に頬を染め、チョコを持ってきてくれる女性社員は、毎年増えるばかり。
この会社の三分の二は女性社員だ。女性社員達は私をとても慕ってくれている。みんな私の何処が良くて付いてきてくれるのか……頑張ってついてきてくれている。
本当にありがたい。
社員あっての会社なのだから。