朝、顔を合わせた香りさんに普段通りの挨拶を交わす。冷戦状態だった香りさんは不意をつかれたように「ええ、おはよう」と返した。
 本当のところ、昨日の話しは、ショックだったし、このまま家出でもしてやろうかとも考えた。けれど行く当てもない、頼れる親戚もいない。友達に頼るのは無理だと結論にいたった。

 自立していない者が反抗を決め込んでも、ホームレスになる覚悟を持たないと無理な話でぼくにそこまでの覚悟はない。だけど、ぼくはもうおもちゃになる気はない。そう決めて、ぼくは香りさんに反抗するこをやめた。家庭内不和はストレスが溜まるから。

 学校に向かうぼくを香りさんは呼び止めて、ぼくの肩に右手を伸ばしてきた。
「触らるな」
 ぼくは恫喝するように叫んだ。香りさんは一瞬、怯んで、それからすぐに手を引っ込める。
「肩に糸くずがついていたから」
 肩をさっさとはたいて糸くずを振りおとした。
 香りさんに触れられたくないという思いから反応が過敏になっているようで、
「ごめん、怒鳴ってしまって」
 そう言って玄関を開けた。何か言いたげな香りさんを尻目に見ながら。