残っている生ビールを飲み干したのちに言葉を選びながら、意を決してぽつりぽつりと語る。

「元彼と別れたきっかけはですね、束縛やモラハラがすごかったせいです。彼から逃げ出すのに、引っ越さなきゃならないくらいに、そりゃあもう酷かったんですよぉ」

「言ってることはかなり深刻なのに、松尾の口調が明るすぎて、どうにも大変さが伝わってこないんだが」

「私としては、これでも真面目にお話してるのに、佐々木先輩の感覚が変なんじゃないですか」

「ニコニコしながら解説されてもな……。ジョッキ一杯で、もう酔っぱらったのか」

 自分のジョッキを指さしながら指摘した佐々木先輩の表情は、相変わらず呆れた様相だった。

「酔ってませんよ。暗い話だからこそ、あえて明るく言って、雰囲気をこれ以上壊さないようにした、私なりの気遣いからなんです! あ、生おかわりください!!」

 ちょうど通路を通りかかった店員に、空いたジョッキを見せて、おかわりを要求した。ちなみに佐々木先輩のジョッキの中身は、まだ半分以上残っている。

「松尾は会社でも、暗い表情を見せたことがなかったな……」

 顎に手を当てつつ考え込む佐々木先輩が、小さな声で呟いた。ちょっとだけ俯いてるせいで、照明にメガネのレンズが反射して、どんな顔をしているのかわからない。

「佐々木先輩ってば、私のことをチェックしていたんですか?」

「チェックというか、一緒に働いてる女子社員全員の顔色を窺っているだけだ。イライラしてるときに仕事を頼んだら、ミスをする可能性があるからな」

(さすがというか、仕事ができる男は相手の顔色まで見て、いろいろ判断しているんだ)

「そんなことを気にしながら、仕事をこなしていたんですね」

「俺だけじゃない、空気の読めるヤツは大抵してるって。女は体調ひとつで、気分の落ち込みがあったり、イライラしたりする日があるだろう」

「た、確かに、そんな日はありますけど……」

 喉を潤すビールはなく、おつまみもまだきていないので、手持ち無沙汰な状態だった。おしぼりを意味なくにぎにぎしていると、佐々木先輩が目の前で、すごく美味しそうにビールを飲む。