(このガーベラに罪はないけど、誰もいなかったら握り潰して、ぐちゃぐちゃにしているかも――)
澄司さんが去ったあとの、フロアの雰囲気は最悪だった。それを感じないようにしていても、耳が勝手にひそひそ話を捉えるため、気持ちが自然と沈んでいく。
「まっつー、いただいた花をそのままにしてたら、萎れちゃうでしょ?」
いつの間にか傍に斎藤ちゃんが来ていて、私の腕を引っ張った。
「あ、うん……」
「だからほら、行こう?」
斎藤ちゃんは無理やり私をデスクから連れ出し、雰囲気の悪いフロアから脱出させる。間違いなく気を遣ってくれたからこそ、ここから抜け出させたんだろうな。
「まっつー、大丈夫?」
「大丈夫と言いたいところだけど、結構しんどいかも……」
自分のことはさておき、佐々木先輩がプロジェクトから外されたことに、胸がしくしく痛んだ。
「そんな落ち込んでるまっつーに、私からプレゼントがあります!」
言いながら斎藤ちゃんが差し出したものは、4つ折りしたA4の紙だった。首を傾げながら開くと、中央に小さな文字で手書きされた謎の数字が――。
「斎藤ちゃん、これなに?」
「佐々木先輩のLINEのID。お昼休みに聞き出した。というか、LINEの交換をしてなかったことに『ポンコツ先輩、トロくさすぎですよ!』って、思わず文句を言っちゃった」
「あ……、昨日佐々木先輩と携帯で話をした事実だけで、満足していて聞きそびれてた」
これって、ふたり揃ってポンコツだと思われる。
「千田課長に、社内で接触しないように言われてるんだってね。だったらなおさら、LINEは必要じゃない?」
給湯室に向かって歩き出した斎藤ちゃんに合わせるように、そっと隣に並ぶ。
「斎藤ちゃんあのね、今朝は私のデスクにメモ紙で、置き手紙があったんだよね……」
「なにそれ、ノロケ? 誰かに見られる可能性があるのに、なんで置き手紙するかなポンコツ先輩は! すっごく危ない! そんなのが置いてあったら、私なら絶対見ちゃうよ」
口では文句を言ってるのに、笑顔で私に体当たりしてくる。そんな彼女に明るく話しかけた。
「千田課長の命令。社内で佐々木先輩と話ができないなら、社外ならいいってことでしょ?」
「会社の人間にバレないようにね。特に梅本とその仲間たちには! アイツらに見つかったら間違いなく千田課長に告げ口して、まっつーの足を引っぱると思うわ」
そんな他愛ない話で盛り上がりながら、ふたりで給湯室に入り、使っていない花瓶を探した。戸棚の奥にあった一輪挿しを見つけて、水を入れてからガーベラを挿す。
「斎藤ちゃんのおかげで、心置きなく佐々木先輩とLINEで話ができる。ありがとね」
「どーいたしまして。みんなの見えないところで、愛を育んでちょうだい。あ、でもほどほどにしないと、次の日の仕事に響くから気をつけて」
「ナニをほどほどにしなきゃいけないわけ?」
「言わなくてもわかってるクセに。だってポンコツ先輩ってば、ここでヤる気だったんだから♡」
笑顔が眩しい斎藤ちゃんのおかげで、さっきまで抱えていた暗い気持ちが、幾分和んだことに気がつく。
「斎藤ちゃん、本当にいろいろありがと……」
一輪挿しを胸に抱えながら告げた私を、斎藤ちゃんは微妙な笑顔のまま、ぎゅっと抱きしめてくれた。それだけでこのあとに澄司さんと一緒に帰るというストレスまでも、軽減したのだった。
澄司さんが去ったあとの、フロアの雰囲気は最悪だった。それを感じないようにしていても、耳が勝手にひそひそ話を捉えるため、気持ちが自然と沈んでいく。
「まっつー、いただいた花をそのままにしてたら、萎れちゃうでしょ?」
いつの間にか傍に斎藤ちゃんが来ていて、私の腕を引っ張った。
「あ、うん……」
「だからほら、行こう?」
斎藤ちゃんは無理やり私をデスクから連れ出し、雰囲気の悪いフロアから脱出させる。間違いなく気を遣ってくれたからこそ、ここから抜け出させたんだろうな。
「まっつー、大丈夫?」
「大丈夫と言いたいところだけど、結構しんどいかも……」
自分のことはさておき、佐々木先輩がプロジェクトから外されたことに、胸がしくしく痛んだ。
「そんな落ち込んでるまっつーに、私からプレゼントがあります!」
言いながら斎藤ちゃんが差し出したものは、4つ折りしたA4の紙だった。首を傾げながら開くと、中央に小さな文字で手書きされた謎の数字が――。
「斎藤ちゃん、これなに?」
「佐々木先輩のLINEのID。お昼休みに聞き出した。というか、LINEの交換をしてなかったことに『ポンコツ先輩、トロくさすぎですよ!』って、思わず文句を言っちゃった」
「あ……、昨日佐々木先輩と携帯で話をした事実だけで、満足していて聞きそびれてた」
これって、ふたり揃ってポンコツだと思われる。
「千田課長に、社内で接触しないように言われてるんだってね。だったらなおさら、LINEは必要じゃない?」
給湯室に向かって歩き出した斎藤ちゃんに合わせるように、そっと隣に並ぶ。
「斎藤ちゃんあのね、今朝は私のデスクにメモ紙で、置き手紙があったんだよね……」
「なにそれ、ノロケ? 誰かに見られる可能性があるのに、なんで置き手紙するかなポンコツ先輩は! すっごく危ない! そんなのが置いてあったら、私なら絶対見ちゃうよ」
口では文句を言ってるのに、笑顔で私に体当たりしてくる。そんな彼女に明るく話しかけた。
「千田課長の命令。社内で佐々木先輩と話ができないなら、社外ならいいってことでしょ?」
「会社の人間にバレないようにね。特に梅本とその仲間たちには! アイツらに見つかったら間違いなく千田課長に告げ口して、まっつーの足を引っぱると思うわ」
そんな他愛ない話で盛り上がりながら、ふたりで給湯室に入り、使っていない花瓶を探した。戸棚の奥にあった一輪挿しを見つけて、水を入れてからガーベラを挿す。
「斎藤ちゃんのおかげで、心置きなく佐々木先輩とLINEで話ができる。ありがとね」
「どーいたしまして。みんなの見えないところで、愛を育んでちょうだい。あ、でもほどほどにしないと、次の日の仕事に響くから気をつけて」
「ナニをほどほどにしなきゃいけないわけ?」
「言わなくてもわかってるクセに。だってポンコツ先輩ってば、ここでヤる気だったんだから♡」
笑顔が眩しい斎藤ちゃんのおかげで、さっきまで抱えていた暗い気持ちが、幾分和んだことに気がつく。
「斎藤ちゃん、本当にいろいろありがと……」
一輪挿しを胸に抱えながら告げた私を、斎藤ちゃんは微妙な笑顔のまま、ぎゅっと抱きしめてくれた。それだけでこのあとに澄司さんと一緒に帰るというストレスまでも、軽減したのだった。



