***
「笑美さん!」
幻聴かと思った。朝から突撃お宅訪問で疲れ果てた結果、幻を聞き取ってしまったのかと思ったら、デスクで仕事をしている私の傍に本人が現れた。
帰る時間まで、あと3時間強もあるというのに――。
「澄司さん、今朝はありがとうございました」
突然現れたことに困惑しているせいで、仕事の手を止めてお礼を告げる私の顔は、間違いなく引きつり笑いをしていると思われる。
「いいんですよ、送り迎えくらい。それと今朝、渡し忘れてしまったものがありまして」
言いながら目の前に、ピンクのガーベラを一輪差し出す。それは私が好きだと言った花だった。
「ぁ、ありがとうございます」
澄司さんから手渡されたガーベラ。外国の俳優のように、顔の整った彼が手にしているときは、まるでアクセサリーのようなかわいらしさがあったのに、私が持つとたちまち、ただの草花に成り下がった。
「これから第三会議室で、打ち合わせなんですよ。えっと、佐々木さんは?」
ガーベラから澄司さんに視線を移したら、顔をあげてフロアを見渡し、目的の人を探している様子だったので、居場所を教えようとした瞬間、
「綾瀬川さん、なんですか?」
佐々木先輩は不機嫌な様子を一切見せずに立ち上がって、デスクから私たちを見つめる。
「あ~、そこにいらっしゃったんですね。笑美さんの席と離れていてよかった」
フロアの座席関係に喜ぶ澄司さんの先制攻撃に、私だけじゃなく他の従業員も固唾飲んで見守るしかない。
「……綾瀬川さん、そんなことを言いに、わざわざここまでお越しいただいたわけではないですよね?」
「佐々木さんには、お詫びがしたかったんです。僕のせいで、プロジェクトを外されたみたいでしたので」
澄司さんのセリフがきっかけで、フロアがわっとざわめく。そして皆の視線が、私に向けられた気がした。当然だろう、佐々木先輩が外された原因は、きっと私絡みなのだから――。
「綾瀬川さん、謝らないでください。現在進行形で抱えている仕事がオーバーワーク気味になっていたので、俺としてはとても助かったんです」
そう言って丁寧に頭を下げる佐々木先輩に、心境複雑な気持ちに陥った。
誰よりも早く会社に出勤し、遅くまで残って仕事をしていた佐々木先輩。抱えてる仕事の中でも、四菱商事のプロジェクトに力を入れていたことを知ってる。企画の立ち上げから打ち合わせの数々をこなして、今まで頑張っていたのに。
「佐々木さんがそれでよかったのなら、僕としても一安心です。それじゃあね、笑美さん。今日も一緒に帰りましょう。下で待ってます」
お邪魔しましたと最後につけ加えて、澄司さんは慌ただしく出て行った。
「笑美さん!」
幻聴かと思った。朝から突撃お宅訪問で疲れ果てた結果、幻を聞き取ってしまったのかと思ったら、デスクで仕事をしている私の傍に本人が現れた。
帰る時間まで、あと3時間強もあるというのに――。
「澄司さん、今朝はありがとうございました」
突然現れたことに困惑しているせいで、仕事の手を止めてお礼を告げる私の顔は、間違いなく引きつり笑いをしていると思われる。
「いいんですよ、送り迎えくらい。それと今朝、渡し忘れてしまったものがありまして」
言いながら目の前に、ピンクのガーベラを一輪差し出す。それは私が好きだと言った花だった。
「ぁ、ありがとうございます」
澄司さんから手渡されたガーベラ。外国の俳優のように、顔の整った彼が手にしているときは、まるでアクセサリーのようなかわいらしさがあったのに、私が持つとたちまち、ただの草花に成り下がった。
「これから第三会議室で、打ち合わせなんですよ。えっと、佐々木さんは?」
ガーベラから澄司さんに視線を移したら、顔をあげてフロアを見渡し、目的の人を探している様子だったので、居場所を教えようとした瞬間、
「綾瀬川さん、なんですか?」
佐々木先輩は不機嫌な様子を一切見せずに立ち上がって、デスクから私たちを見つめる。
「あ~、そこにいらっしゃったんですね。笑美さんの席と離れていてよかった」
フロアの座席関係に喜ぶ澄司さんの先制攻撃に、私だけじゃなく他の従業員も固唾飲んで見守るしかない。
「……綾瀬川さん、そんなことを言いに、わざわざここまでお越しいただいたわけではないですよね?」
「佐々木さんには、お詫びがしたかったんです。僕のせいで、プロジェクトを外されたみたいでしたので」
澄司さんのセリフがきっかけで、フロアがわっとざわめく。そして皆の視線が、私に向けられた気がした。当然だろう、佐々木先輩が外された原因は、きっと私絡みなのだから――。
「綾瀬川さん、謝らないでください。現在進行形で抱えている仕事がオーバーワーク気味になっていたので、俺としてはとても助かったんです」
そう言って丁寧に頭を下げる佐々木先輩に、心境複雑な気持ちに陥った。
誰よりも早く会社に出勤し、遅くまで残って仕事をしていた佐々木先輩。抱えてる仕事の中でも、四菱商事のプロジェクトに力を入れていたことを知ってる。企画の立ち上げから打ち合わせの数々をこなして、今まで頑張っていたのに。
「佐々木さんがそれでよかったのなら、僕としても一安心です。それじゃあね、笑美さん。今日も一緒に帰りましょう。下で待ってます」
お邪魔しましたと最後につけ加えて、澄司さんは慌ただしく出て行った。



