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 カオスを極めたこの状況が凄すぎて、顔をひきつらせた私はひとことも発言することができなかった。私の右隣にはひどく神妙な顔つきの佐々木先輩が鎮座し、真向かいにお局グループ5人がえも言われぬオーラを漂わせている。

 社員食堂にいる面々は、保護者同伴の圧迫面接みたいな様子を垣間見て空気を察し、あえて距離をおいてチラチラ眺めているのを、肌でなんとなく感じた。

 こんな状況になる前、佐々木先輩に社食をちゃっかり奢ってもらった。食堂の隅っこの席に着いたときに、どうしてこんなことになってしまったのかを訊ねたのに――。

「アイツらが給湯室で、ムカつくことを言ってたんだ。注意したらこんなことになった」

 という抽象的な言葉で濁されてしまったせいで、どこから突っ込んでいいのかわからなくなったのである。

「あのぅ、佐々木先輩のムカつくこととはいったい?」

「誰が聞いてもムカつくことだ」

(いやそうじゃなくて、どんなことなのかを、詳しく説明してほしいのに!)

 社食についてる玉子焼きに箸を伸ばして、小さなため息をついた。向かい側にいる佐々木先輩は、かきこむようにご飯を平らげていく。まるでこのあとおこなわれる決戦に向けて、パワーをつけているみたいに見えてしまった。

「松尾、あのさ」

「はい……」

 玉子焼きを口に頬張り、舌の上で出汁の旨みを感じていたら、不意に話しかけられたので顔をあげると、形容しがたい表情の佐々木先輩が私を見つめた。怒っている顔や、物悲しい感じでもないその面持ちに、私までどんな顔をしていいのか困惑し、口の中にある玉子焼きを意味なく何度も咀嚼してしまった。

「ごめんな。こんな面倒なことに巻き込んで」

「大丈夫ですよ、へっちゃらですって」

 首を横に振りながら笑いかけたら、佐々木先輩はそれを見た途端に、私の視線を避ける感じで俯いてしまった。

「笑うなよ……」

 佐々木先輩はぽつりと一言呟いて、持っていた箸を置いた。

「松尾には俺を非難する権利がある。『こんなことに巻き込んで、どうしてくれるんですか!』って、もっと罵ってもいいくらいなのに」

「もっと罵るなんてそんなこと――。佐々木先輩はドМなんですか」

 カラカラ笑い飛ばしたら、目の前で落ち込んだようにしょんぼりする。そのせいで私の笑いがしぼんでいった。

「おまえがそう思うなら思えばいい。だけどさ」

「はい……」

「無理して笑ってほしくない。つらいときはつらいって、イヤなことがあったら怒るとか、そういう素直な感情を、俺の前でもっと出してほしいって思うんだ」

「私は無理して、笑ってるつもりはないのに」