"紗里ちゃんの家"と聞いて、途端に胃の底から鉛がぶら下がるような重みを感じた。嫌だな、と思った。

 高校生になり、とうに忘れかけていたコンプレックスの塊が腹の中で目を覚まし、ムクムクと育つようだった。

 僕と母は、消火活動によってびしょ濡れになった室内へ入らせてもらい、高校の制服や私服を入るだけボストンバックに詰めた。

 ゲーム機や財布などの貴重品、教科書や漫画も通学鞄に入れる。ちなみにゲーム機や財布は幸い、箪笥の引き出しにしまっていたので水濡れからも免れた。

 半焼で済んだのは運が良かったという母の言葉を思い出し、なるほどその通りだと納得した。

 隣りからのもらい火で一角の壁や天井は焼けてしまい、住居としてはその機能を充分に果たさなくなってしまったが。
 家の中の生活用品、主に家財と呼ばれる物に関しては被害が少ないように感じられた。

 もちろん消防隊のホースによって濡れてしまった物もあったが、当面、生活できるだけの私物を持ち出し、僕は母に促されてタクシーに乗った。

 その行き先が母から聞いた叔母の家、()いては従姉弟(いとこ)である赤城(あかぎ) 紗里(さり)の家なのだ。

 嫌だな、とまた思って、憂鬱な吐息がもれる。