2年生に進級するその日一番に行われることはクラス替えだ。登校すると、1年生のときと同じ組の2年生の教室に行き、出席番号順に座る。つまり1年7組だった私は2年7組に登校するのだ。
 登校した教室では「クラス替えドキドキだよね」という話題が飛び交っていた。

「おはよー!」
「美琴ー!おはよう!」

 席に荷物を置き、佳穂とさくらちゃんのところに足を運んだ。この2人は私と同じ文系選択なので、今回のクラス替えで同じクラスになる可能性がある。

「同じクラスだといいよね」

 そんなことを私たちも話していると亜美ちゃんが登校してきた。亜美ちゃんは理系を選択したので、残念だけど同じクラスになる確率はゼロである。
 荷物を置いた亜美ちゃんは「おはよう」と爽やかな笑顔を見せて私たちの会話に混ざった。
 
 私たちが楽しく話していると「洗井くんと同じクラスになれたらいいな」という会話が聞こえてくる。それは、私たちが別れたという噂が流れ出してから竜生くんにアプローチを始めた子の声だった。

 
 私と竜生くんが別れたという事実は冬休み明けに爆速で広まった。佳穂に竜生くんの話を振られたときに「言ってなかったんだけど、私たち別れたんだ」と言った私の言葉がきっかけだった。
 それと同時期に礼人と清田さんが別れたという噂も広まった。こちらはあれほどまでにイチャイチャしていた2人がパタリと一緒にいなくなったので、明確だったと思う。
 それからはまた以前のようにアプローチされているようだった。礼人もそれなりにされていることには驚いた。あれだけ「森脇くんはないわぁ」と言われていたのに、だ。やっかみも入っていたのかな?というのが率直な感想だった。



 前向きなところが好きだと言われた私は、まだ竜生くんが好きだとは誰にも言えなかった。未練たらしいことは前向きとは対極にいる気がしたからだ。私たちの人生がもう交わらないとして、それなら良い印象のままの私を覚えていてほしいと思ったのだ。
 
 私のターンは完全に終わった。これから竜生くんにアプローチができ、選んでもらえるかもしれない可能性を秘めた子たちがとてもうらやましい。……これも秘密の気持ちだ。


 予鈴が鳴ったので私たちは各々の席へ別れた。少し前に登校してきた竜生くんは私の席の後ろに座っていた。横を通る時に制服のスカートが竜生くんの机に触れる。それだけでぎゅっと胸が苦しくなるのだ。どうかしてると思う。
 私は全然前向きなんかじゃない。ずーっとずーっと過去にしがみついているのだから。

 本鈴と同時に1年生の時の担任が入室し、1年7組最後の出席を取り始めた。名前を呼ばれ返事をしたら教卓の前に行き、先生から2年生のクラスが書かれた紙を渡される。二つ折りにされた紙は天井にかざせば、印字された文字が薄っすらと見えるだろう。だけど私はそれをせずに机の上に置いた。後でいっせーのーで、で佳穂たちと見ることになっていたからだ。
 
 次に竜生くんが呼ばれ教卓の前に歩いて行く。竜生くんの制服のズボンが私の机を擦ってゆく。あと少し指を伸ばせば竜生くんの制服に触れる、それほどの距離だった。だがその行為をするには相当の勇気がいった。行為自体があまりにも陰湿な気がするからだ。
 じゃあ、反対に!私が机から指を出しておいて、教卓から自席へ帰る竜生くんのズボンにたまたま触れたってのはどう?それなら不可抗力だし!と、竜生くんが先生から紙を渡されている短い間に瞬時に考えたのだ。我ながら訳の分からない方向への努力をしたと思う。もしこれで万が一避けられたら……それって辛すぎない?とはもちろん思ったが、葛藤している暇などなかった。
 それほど竜生くんに触れたかった。これが最後になるかもしれない、と覚悟をしていた。

 さりげなく机からはみ出るように指を出す。さすがに直視出来なくて、廊下の方に視線をやった。気配で竜生くんがこちらに来ているのがわかる。
 ほんの一瞬だった。言ってしまえば制服のズボンなんてただの布だ。竜生くんの感触も熱も伝わってはこない。だけど触れた。竜生くんと繋がっている一部に触れたのだ。
 仄暗く陰気な行為だ。それでも私は嬉しかった。まだ竜生くんと私の世界は繋がっているのだとさえ思えた。


 「じゃあね」と亜美ちゃんとさくらちゃん、そして佳穂と別れて私は8組へ向かった。1組から3組が理系、4組から8組が文系クラスになっているのでーーそれはその年の選択数によって変わるがーー私は理系とは一番離れたクラスだった。そして4人は見事にバラバラだ。亜美ちゃんは3組、さくらちゃんは4組、佳穂は7組だった。

 7組から8組への移動なので、私はかなり早く終わらせて着席することができた。誰が一緒のクラスなんだろう、と扉から次々入ってくる生徒を見ていた。部活をしていない私は他クラスに特別仲の良い子はいなかった。気の合う子がいればいいけど……と、それがやはり心配なのだ。

「おー?美琴一緒のクラスじゃーん」
「礼人!」

 私たちはお互いをほぼ同時に見つけた。礼人がいれば何かと心強い!私は胸を撫で下ろしたが、次に入ってきた人物を見て顔を引き攣らせた。き、清田さん……!思わず名前を呼んでしまいそうになったが、慌てて口をつぐむ。

「明石さん!よろしくね」

 そんな私の気持ちとは裏腹に清田さんはとびっきりの笑顔を見せた。美少女すぎて眩しい……!礼人とも普通に喋っている所を見て驚く。私なんてあれから竜生くんとは必要最低限の挨拶ぐらいしかしてないのに……。根明パワー恐るべし、である。

「うん……!清田さん、よろしくね」

 こうして私の高校生活2年目が幕を上げた。