まるで壊れ物を丁寧に扱うみたいな優しい抱擁。
包まれる燈冴くんの腕の中は、とても大きくて…ふんわり香る良い匂いは…香水?
って、この状況下でそんな呑気に実況してる余裕なんてない。
抱きしめられる理由がわからないし
起きてる現状に心臓が追いつかない。
「緋奈星さま」
抱きしめられた状態での耳元への囁きはズルいよ。
身体の芯まで響いて
もっと心拍が上がってしまうから…
落ち着くなんて無理に決まってる。
「緋奈星さま…」
再び囁く彼の声。
さっきとドキドキは変わらないのに
『よく聞いて』と続ける言葉が苦しそうに聞こえて
瞬きを1回して、ほんの少し目が覚める。
「俺の為に悩ませてしまい、すみません。
貴女に自由を奪われているなんて…
この家にお仕えしてから感謝ばかりなのに
そんなはずがないんです」
「だけどそれは、仕事だから…でしょ?
燈冴くんに自分の時間があるとは思えない。
そもそもわたしは貴方のプライベートを知らないし、聞いた事もない」
『全部犠牲にさせている』と続けるわたしからそっと身体を離すと、彼は首を横に振って口を開いた。
「俺には…友人や家族がいません」
「え…」
「だから犠牲になるモノも時間も
プライベートなんて何もない」
とても寂しそうに言ったんだ―――



