もともと、セシリオには幼いころに家格の釣り合いを考えて家同士で決められた婚約者がいた。相手は国防軍を兼ねた辺境伯であるアハマス家とは切っても切れない、剣や鎧、火薬など武器を扱う国内最大の商社を擁するブラウナー侯爵家の娘だ。

 六つ年下のその侯爵令嬢がやっとこの国の結婚適齢期とされる十七歳に差し掛かったのは五年程前のこと。セシリオは親の遺言に従い、彼女をここアハマスに呼び寄せた。
 しかし、その少し前にアハマスの国境付近で一年間にも亘る戦争が終わったばかりだったこともあり、当時のアハマスは全体的にくたびれていた。さらに、当時のセシリオは亡くなった父に代わり務め始めた辺境伯としての仕事も相まって、心身ともにほとんど余裕がなかった。
 王都のタウンハウスに住む箱入り娘だったその侯爵令嬢はそんなこともあり、アハマスには親に仕事ついでに連れられて何回か来たことがあるにも関わらず、「こんな辺境の地、かつ危険な地域には住めない」とわがままを言い出した。

 そこですぐに手紙や花、宝石でも贈るなりして、相手の機嫌をとればよかったのだが、当時のセシリオにそんな気の利いたことはできなかった。モーリスもそこまで気を回すこともなかった。
 セシリオなりに誠意は見せたようなのだが、説得の甲斐なく彼女は実家に帰ってしまった。そして、最終的にそのままアハマスに戻ることなく婚約解消となり、今に至る。