サリーシャはその様子を見て、マリアンネはおおかた父親に『セシリオを射止めてこい』とでも言われて先に送り込まれたのだろうとすぐに察した。
 マリアンネはサリーシャ同様、フィリップ殿下の婚約者候補だった。タイタリア王国は一夫一妻制であり、それは王族とて例外ではない。その座を逃したら側室という選択肢もないため、別に嫁ぎ先を探す必要があるのだ。
 今、多くの有力貴族の年頃の令嬢がフィリップ殿下の婚約者になれなかったことにより、一斉によいお相手を探し始めている。辺境伯でありまだ若いセシリオが、彼女達にとって相当の優良物件であることは容易に想像がついた。

 そのふてぶてしい顔を眺めながら、サリーシャは強い不快感を覚えた。

 セシリオからは、マリアンネとの婚約はブラウナー侯爵家側から解消が申し入れられたと聞いた。一度婚約した相手に解消を申し入れておきながら、もっと条件のよい王太子殿下の婚約者になれなかった途端にやっぱりもう一度婚約して欲しいなど、そんな虫のいい話があるのか。同格の貴族のなかでは若輩に当たるセシリオを馬鹿にしているとしか思えないような、失礼な行為に思えた。
 
 ブラウナー侯爵はすぐに娘のマリアンネから目をそらすと、何事もなかったように笑みを浮かべてセシリオに向き直った。