「大動脈を動脈瘤の前後で離断し、人工血管を……」


 呟いていたとき、ふと視線を感じて瞼を開いた。その瞬間視界に映ったのは、正面からこちらを見つめていた末永さんの顔。

 くっきりとした二重、色気を感じる口元の黒子まで確認できる。夕日に照らされて陰影がはっきりした顔はまるで絵画のようで、いつもに増した美しさに息を呑んだ。

 ずっと頭の中で人の臓器をイメージしていたせいか、あまりのギャップに呆気に取られる俺に、彼女ははっとして口を開く。


「あ……すみません、呪文でも唱えているのかと」


 少々間抜けなひと言に、思わず笑いがこぼれた。ひとりでぶつぶつ言っていたのだ、さぞかし奇妙だったに違いない。

 しかも、すでに図書室の中には誰もおらず、閉館時間になっていたことに気づく。


「こちらこそすみません。閉館の時間過ぎてましたね」
「ええ、でも続けてくださって大丈夫ですよ。手術、途中で終わらせるわけにいかないでしょう?」


 ノートを閉じようとする俺に、彼女はふふっと笑いかけた。その粋な言い方に心が解される。