目覚めたら初恋の人の妻だった。


今更、どうする事も出来ないのは解っているけれど後悔が押し寄せて来る。

「一那の会社の人はお姉ちゃんを妻だと思っているのに、
私が一那の妻です。なんて言って平然と出て行ける? 
この先、一那が自分のバックグランドを公表した時
私がその席に臨席出来る気がしないわ。
だって社員の中では貴女が妻の顔なんですもん。」

香菜の瞳を真直ぐ逸らすことなく見つめ、口にした言葉の刃は受けなくても
良かった柚菜が受けた刃。

柚菜は自分が放った刃にブーメランのように自分の心を抉っているのだろう
凛としているのに、崩れ落ちそうな儚さで、消えてしまいそうで
手を伸ばしたいのにそれは許されないような目をしていた。

「あ・・・・」
そんな言葉に、姿に俺は言葉を失った。
そこまで考えただろうか・・もし、この事を知らなくて柚菜を妻と紹介し
その社員たちはどう思うんだ? 浮気男・・・そして柚菜に対して
同情の目を向けるのか・・・

「私は他人から同情の目や、憐みなんてかけて貰いたくない」

何も言えなかった。

「俺は どうしたら 許して貰える?」
「別に今更 二人を許すとか許さないとかどうでも良いから」
「なんで そんな事を・・・俺は柚菜を愛しているんだ。」
「愛しているって言ってもそれは表面上の事なのでは?今まで傍に居た人間が
居なくなるかもしれないって言う恐怖でそう錯覚しいるんだと思う。」

自分の柚菜に対する想いが本人の口から否定される事ほど辛いモノは
無い・・・

「そんなことを言わないでくれ、俺は昔から柚菜が好きで、柚菜が
高校生になったら告白するつもりだったのに 段々距離が開いて
それは他校だったから,すれ違いは仕方が無いと言い聞かせていた。
それでも、”何かしないと”と考えおじさんには柚菜が明応中学を
受験したいと言った時に自分の気持ちを伝え、
その時が来たら付き合っても良いと許可も貰っていたんだ。
なのに柚菜との距離は開く一方だった。
焦って、焦っていたのに何も出来なくて、でも女子校だし
学校か塾にしか居ないって香菜にも聞いていたから安心して
現状維持で我慢していた。勉強の邪魔をして明応大学に入学出来ない
なんて事になったら折角の計画がダメになってしまうと思っていたから。
だから大学がT大だって聞いた時はショックで暫く大学に行けなかった。」

あの時に痛みを思い出し、胸の奥がグンと潰された感触が蘇る。
それなのに俺の言葉を聞いても柚菜は身動ぎ一つしない・・
もう、ダメなのか?
もう、俺に愛情は無いのか?
もう一度だけで良い・・チャンスが欲しい。

「柚菜、お願いだ。俺にチャンスをくれ。」
「チャンス?」
「やり直すチャンスを・・」
「それは無理だと思う。私は一那に対して不信感を抱いて過ごしていて
真っ黒のドロドロの感情で支配されている。
記憶を取り戻してから一那が口にする事の全てを嘘と偽りの言葉だと思って
過ごして来たのから・・・態度も全部 お姉ちゃんと逢うために私が
不審がらない様に色々考えての行動なのだろう・・・買って来てくれた
お土産すらお姉ちゃんと逢った事への罪悪感?
残業して帰って来てもそれは仕事じゃなくてお姉ちゃんと逢っていたんだ。って
思ってしまう自分に心底嫌気がさして疲れたの。」

淡々とだけれど、柚菜が自分の感情を吐き出してくれたのがこんな状況なのに
嬉しいと思ってしまう自分はどれだけ柚菜に囚われているんだろう。

「それでも良いから・・・」
「私が嫌なの・・・中学生の時に諦めたのよ。
生まれた時から抱いていた一那への恋心を。
人生の全てが一那一色だった私が恋していた気持ちを失くする為に
苦しみ、涙を流した日々にどれだけの時間を費やしたと思う?」

少し歪んだ顔は今にも泣きだしそうなのに、それをグッと堪える様に
柚菜の両手が身体の前で爪がその白い肌に食い込み、
今にも血がでそうなほど力が籠って握られている。

柚菜の身体に傷がつくのが嫌で、その手に自分の手を重ねると、
ピクリと身体全部が跳ね、拒絶されているのが伝わるが、
その手をさすると、俺の手よりも確実に冷たかった。
柚菜もこの状況で動揺していたのだとヒシヒシと伝わってくる
今更だけれど確かに柚菜1人に俺と香菜2人という構図が頭の中で出来ていて、
1人で戦いに来たんだもんな。
俺だったら逃げ出したいほど怖い
動揺していて当たり前だ。
本来なら一番の味方じゃなければならない旦那が
どんなに言い訳をしても相手の立場からしたら許されない事をしていた。

そして、普通の姉妹なら、もし旦那の不倫疑惑があったら、
姉に真っ先に相談してフォローしてくれる筈なのに・・
不倫相手と柚菜が思っていたのがまさかの実姉なんて
どれほど傷つけたのか   俺達は何をしていたんだ。

「柚菜、ごめん。本当に申し訳なかった。この通りだ許してくれ」

俺は膝をつき土下座した。
こんな事しても柚菜の心が軽くなるとは思えないがそれ以外に
考え付かなった。

「一那、止めて。そんな事して貰わなくても良いから 」

その言葉が許されているのでは無くて諦められているのだと解る。
謝罪さえ受け入れて貰えない程に傷つけ、切り捨てられそうな現状に
大人になって初めて人前で涙が出てきた。

それなのに柚菜は俺の顔は見たくないのかないのか、窓を見つめている。