「柚菜、そんなに痩せたのか????」

あの頃、私は2人が一緒に居るのを見るのが辛くて避ける様に生きていた。

「そんな昔の事は忘れた・・」
「嘘、あんなボロボロだったのを忘れられるわけないじゃん!」
「お姉ちゃんには関係ないでしょ。本人が忘れたって言ってるんだから
忘れたで良いでしょ? 人の痛い所を抉って楽しい??」

苛められた人間は何時までも忘れない、苛めた側はそんな事は覚えていない。
傷ついた人間はそれを衆知されるのが痛みになるのに、傷つけた人間は罪の
意識から許しを請うように謝る。

「そんなつもりは・・・」
「そんなつもりは無くてもお姉ちゃんが当時を振り返るのは私の心を
抉るだけだよ。
それに私を巻き込まないで。昔を懐かしみたいなら2人でして。」

出て行こうと扉に向かう。

決着をつけたくて此処に来たはずなのに、忘れようとしていた過去は
幼い心が傷ついていたからだろうか、思いの外 今の私の心を抉り
血を流していた。
ムリだ、今は此処にいられない。

「ゴメンなさい!」
その声と同時に姉が土下座をしている。

その姿がスーッと私を正気に戻す切っ掛けになる。
書面で見ていた通りの行動。
浮気相手の女性は徐に泣きながら土下座をする。
そしてその姿を見て旦那の目には浮気相手が健気に映り、それをさせた(・・・)
妻を悪人を見る様に見つめると。
土下座してくれなんて誰も頼んで無いのに。

被害者と加害者の逆転。

「なんの謝罪か解らないけれど、土下座するほどの事をされた覚えたは
ないし、頼んでもいないよ。
あの時に私が一那と付き合っていて、それでキスをしたなら
解るけれど、私達はただの幼馴染だった。
勝手に傷ついて、距離を取ったのは自分で決めた事。
さっき、私を抉るって言う事に対する謝罪なら、そこまでのことでは無いよ。
それとも、私達が結婚した後に2人でホテルで会っていた事に対する
謝罪なら確かに受け取った。」

ハッとする2人に

「全部、思い出したって話したよね。事故にあった日は一那はお姉ちゃんと
会っていた事も、それ以前から会っていた事も思い出したんだよね。」

「それは・・」
「柚菜、俺の話を「別に 聞かなくていい」」
「あとは弁護士として後日、離婚の話し合いをさせて。
一那も弁護士を同席させてくれて構わないから。」
「な、な なんの話をしている・・」

「離婚して下さい」

涙も出ないでその言葉が言えたのはこのバッジのお陰だ。
私は今、加瀬柚菜ではなく弁護士の加瀬柚菜としてこの場に臨んでいる。
私の残された矜持。