そうだ今私がする事は、一人でウジウジ悩む事じゃなくて目の前に居る
一那に自分の気持ちを打ち明ける事だ!
そう、思うと何故か全部がパぁ~と明るくなったみたいに感じた。
走るのに適さないピンヒールなのに一那の元に1分でも1秒でも
早く行きたくて歩く速度が段々速くなって気がつけば
人込みを疾走している自分が可笑しくて、でも嫌いじゃない・・・

タクシーに飛び乗った時には久しぶりに走り、残暑も手伝い薄っすらと汗を掻き、
息が切れていた。
息を整える様にシートに深く座り、彼の元へと心が躍る。

でも、何故だかこの感覚に覚えが合ったような気がする。
何時もだったらその気持ちを掘り下げるのに
今は、一刻も早く一那に会いたかった。

慌てて向かったから終業前に会社前に到着してしまい、
自分の浅はかさに少し失笑してしまう
呼び出す訳にもいかない。
幾ら加瀬の跡取りと言っても
今は一会社員として身分を隠して就業している一那の苦労を無駄に出来ないので
会社前のカフェに取り合えず腰を下ろし、終業時間になったら
直ぐにメッセージを送ろうとスマホを目の前に出してジリジリと
時間が過ぎるのを見ていた。

未だ30分ある・・・そう思ったら一つ抱えている案件の資料を手にし
読みだしてしまった。
気がつくと40分も過ぎていて慌てて、メッセージを送ろうと思っていると
隣に華やかな女子社員の一行が陣取っていた。
「富樫さん、今日もイケメンでしたね。」

富樫って一那が会社で使っている名字・・・まさか一那の事?
ドキン、と胸が高鳴る・・自分の旦那様が外でどんな風に見られているか
気になってしまい、ついつい意識がそっちに集中する。

「何するにもスマートだよね。しかも若干28歳で主任になるってどれだけ
出世が早いのかしら・・・」
「え、28歳だったらそこまで早くないんじゃないですか?」
「チッチッチ・・浦部ちゃんは今年、中途で入ってきたから知らないかも
知れないけれど、富樫さん院卒だから。」
「え、じゃあ、入社4年でですか・・・」
「う~ それも一寸違うのよ・・・富樫さんは実は10年、この会社に
居るのよ。」
「なんですか その謎解きゲームみたいな話は・・・」
「富樫さんて 大学1年の頃からうちの会社でアルバイトしていてそのまま
入社した貴重な人材なの。」

やっぱり 一那の事だ。
良く知っているな~

「へぇ~ だから 何となく他の人と雰囲気が違うんですね。余裕があるって
言うか・・・」
「でもね~ 残念ながら既婚者なのよ・・・」
「ですよね~ あの薬指の指輪が  魔除けのように輝いてますよね。」
「何時、結婚されたんですか?」
「入社2年目だったよね 確か・・・突然で吃驚して社内が
富樫ロスになったのよ。
それまで女の影なんて無かったから安心していたらいきなりの
結婚報告で彼氏持ちの私ですら悲しかったわ~」
「奥さん、どんな方なんですか?」
「それがね~結婚式をしたとかしないとか・・・色々噂はあったんだけれど
式に呼ばれた人は居ないから入籍だけだったのかもしれないわね。だから
誰も奥さんを見た事が無いのよ。」
「あ、私 見た事あるかも知れません!」
「え、ナニナニ・・」
「私、2回 見た事がありますよ・・・」
「え~ 一寸 そのレアな情報を 早く教えてよ!」
「1回目は6月だったかな??土曜日に銀座のホテルで・・
奥さんは後姿だったんですけれど、多分158㎝位で髪の毛が肩までで
茶色くてフワフワした感じの方でした・・ 富樫さんの笑顔が
見た事の無いような屈託の無い笑顔で固まってしまいました。」

パキン・・何かが音を立てて壊れた・・・何処かのテーブルの食器が
落ちたのかと思ったけれど、私以外の客は普通に動いていた。
私だけが瞬間(とき)が止まって

音を立てたのは私の心だった。

身長と髪の毛の色・・思い当たる人物が1人 それは姉だ・・・・
ホテルで・・・って言ってたよね・・・そっか・・・・

「2回目は7月に入ってだったかな・・・会社に来てました・・・」
「え???会社に・・そんな話は聞いてないけど・・」
「あ、その日 客先でトラブルがあって私が退社したのが20時だったんです。
ロビーで待ち合わせしていたみたいで・・富樫さんがエレベータを降りたら
女性がスーとソファーから立ち上がって、そのまま一枚の絵の様に
帰られたんです。阿吽の呼吸って言うんですか・・並んで歩く姿は
熟年の夫婦のように息もピッタリでした。」
「あ、ほら、噂をすると・・・あの女性だと思いますよ・・
顔は見れないけど・・」

彼女達が指した先には一那とお姉ちゃんが居た。
顔は一那が丁度立っている感じで見えないけれど間違いない・・・
お姉ちゃんだ。
2人はあっという間に止まっているタクシーに乗って走り去ってしまった。