それでもどうにか立ち直ったのは父が部屋に入って来て
「ここで腐るもよし、だけど自分の求めているモノが手に入るチャンスが
巡ってきた時に惰性で生きて来た一那に魅力を見出せなかったから
二度とチャンスは巡らない。それを踏まえて生きろ」
それを言われた時に、父に何が解る!俺の辛さの何が解る!
そう、心の中で悪態を付いた 父が出て行った扉を何分も睨みつけたが、
父の足音が無かった事に気がつく、多分父は未だ扉の向こうにいる。
父がどれ程心配し、今の言葉を掛けてくれたのかが少しほんの少し理解する。

22歳の大人だと思っていた、それなのにこんな簡単な事すら自分で
考えるに至らない未熟さ、そして両親の偉大さを身に染みて感じ、
嗚咽が零れたのを父はきっとドア越しに解ったと思うが、
それに関して口にされた事はその後無かった。
子供の頃から忙しくしていた両親にもう少し愛情が欲しいと思わないでも
無かったが、見ていてくれたんだと22歳にして漸く解った。

あの日がキッカケになったのもそうだが、自分が院生になった事もあり、
香菜と一緒に居る事が無くなった。

百合ママの誤解を解きたくても香菜がはぐらかすし、多分、柚菜も誤解している
今の段階で完全に誤解を解けなくて曖昧な言葉で言い訳するより、完璧に
誤解を解きたい。
そうじゃないと柚菜に会うのが怖くて仕方が無い。
曖昧な言葉で話しても真直ぐな柚菜は納得しない、そしてそれは二度と
俺と口を利いてくれなくなってしまう可能性が高い。
そんな恐怖心、そして何よりも柚菜に嫌われたくなかった。
そんな思いや、色々な事情が相まって佐倉家への足が遠のいていた。

時間だけが悪戯に過ぎて、それで全てが終われるような錯覚になっていたし、
何処かで今更ほじくり返す必要があるのか?そんな逃げの気持ちもあった。

俺は全てに立ち向かっているフリをしながら逃げていた。

自分だけが柚菜を守りたい、幸せにしたいと突っ走っていた。
2人で幸せになる道を歩むべきだったのに。

この時に気がつけば何度も何度も柚菜を傷つける事なんて無かったのに。
失いたくないが為に守る事ばかり考えた俺の愛は身勝手な
愛だったのかもしれない。
いや、愛と言う名の仮面を被った執着。


ー 一那side 了 ー