新緑の若葉が肉厚に育ち枯渇な枝を隠した木々が堂々たる山を深緑に染まる頃、インターハイ地区予選が徐々に近づいて来ていた。

ようやく桜井先輩との打ち合いにも、さまになってきた週明け。日曜日の濃厚(ひたすら桜井先輩との打ち合いだけ)な部活で筋肉が悲鳴をあげている月曜日は、基本放課後のテニス部は休みか、自由練習になっている。
しかしインターハイの地区予選が近いのもあって、ほぼ部員は全員出だ。当然ヒヨッ子一団も上達必至の条件をクリアする為、桜井先輩不在でも自由練習をする。・・・つもりだったのだけれど・・・


桜井先輩の指示はじっくりストレッチに時間を掛け、素振りと打ち込み、ランニングの予定だけだった。
ヒヨッ子8人は各ペアを作り念入りにストレッチをしている。
そこで誰かが「S先輩だ」と桜井先輩を見つけた。
桜井先輩は二年のエースと言われる瀬戸先輩と一緒にラケットを持ちながら、対面一番端のコートに入って行く。

元々ヒヨッ子一団の練習場所は校内のコートではなく、学校に隣接している市営のコートを間借りて練習している。

あれ?今日は自主練だから二人で打ち込みをするのかな?

桜井先輩の隣で少し笑顔の瀬戸先輩に驚いた!

瀬戸先輩と言えば、城川テニス部内では『テニスの王子様』と言われるぐらいテニスが上手い、更にいつもクールで、喜怒哀楽を顔に出さず、人を寄せ付けないオーラを発し、マイペースにただ1人で練習をしているイメージしかない。
切れ長の目で顔もイケメンの部類だろう。結構、部活意外でも人気が有るのか、たまにコートに見に来る女子もいる。しかし瀬戸先輩は眼中に無いまま、ひたすら練習をする。そんな姿がまた女子を呼び込む。
桜井先輩とは逆のタイプのイケメン!
そんな私の王子様(桜井先輩)とイケメン瀬戸先輩のツーショットを見ない訳がない!私が皆を見渡すとヒヨッ子達のシッポは激しく揺れていた!
ヒヨッ子一団は自主トレそっちのけで、桜井先輩のコートへ覗き見に行く。


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雑談をしながら桜井達はコート運営事務所で受付を済ませコート内に入る。

「さて桜井、約束通り試合させてもらうよ」

瀬戸はネットを介し桜井と対峙する

「ああいいよ!俺も何処まで打てるか試したい。」

爽やかに返す桜井に対して瀬戸は射ぬく様に見据える。

瀬戸は桜井に対して1年生の終わりから意識し始めていた。
幼少時代から親の仕事で日本中を転々としていた。当然親友等出来る訳もなく、友達が出来たと思ったらすぐ転校するの繰り返しだった。
そんな中、父が趣味だった影響でテニスを始める、小学、中学と地域のテニスクラブに通いメキメキと腕を上げて来た。中学では地域の大会で一般人の大会でも好成績を上げ自信も着き、それなりに上級のレベルを自負していた。中学を卒業してからは父は家を買い、転勤俗を止め落ち着いた。しかし父さんは何故かテニス無名の城川高校を薦めた。父の強い推しもあり城川校に入ったものの1年でレギュラーの座を獲得してしまった。
瀬戸はここ(城川校)のレベルに愁いでいた。『入る高校間違えたかな?』
しかしながら神奈川県内でのレベルは高く、自分の実力は全国レベルまでは程遠かった。
そしてここ(城川校)でこれ以上のレベル向上が期待出来ないと諦めかけていた頃、去年の秋、関東大会の新人個人戦で桜井は瀬戸と同じく勝ち続け、ベスト4まで勝ち進む。しかも相手は1年上の2年生新人戦優勝者郡司翔(ぐんじしょう)に負ける。
しかし未経験からテニス部に入部した桜井は負けたものの、優勝者に食らいつく程の戦いを見せ県内に名前を刻んだ。
その試合は瀬戸の沈んでいた心に火を着けた。いまでも目に焼きついている。
そんなパッと出て来た同校の、しかもテニス未経験者の桜井に瀬戸は焦り、愁いだ自分を戒めと同時に歓喜する。

【桜井奏斗】瀬戸のテニス人生のプライドをざわつかせる存在。桜井の実力、練習方法も把握していない、いつの間にか逆転されるかもしれない立場。
謎の多い桜井を、3年生の先輩達よりも立ちふさがる脅威と認め。そして瀬戸は自分のレベルを上げるべく今以上にラケットを振り続けていた。
そして今日、インターハイの舞台に立つ前に、自分の実力を再度、確認するべく桜井に試合を申し込んだのだった。

「試合は3セット、ノーアドでいいか?」

「・・・OK!・・・それと・・二人きりの打ち合いじゃ無くなったけど?」

桜井が瀬戸に目配せをした。
1年共が垣根の合間からフェンス越しに何やら隠れているつもりで覗き見している。

「ッチ まあいいか後でキツく口止めしといてくれよ1年のコーチさん」

軽くため息を吐いた桜井は承諾して、桜井と瀬戸はラケットを振りサービスを決め位置に着く。

桜井の綺麗なフォームから放つ球から試合が始まった。


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私達は固まった。両先輩達の繰り出すラリーを固唾を飲んで見つめる。
桜井先輩か繰り出すボールの速さ。コートにストロークの弾む重い音。今迄に私達ヒヨッ子に打ち込むスマッシュとは次元が違う。
フラッシュスルーも伸びやかに切れがある。
打った瞬間に走る。走る。走る。
瀬戸先輩も負けてはいない。リターンのショットも鋭く、桜井先輩に負けず劣らず次元の違いを目の当たりにした。

桜井先輩は鋭くキレのある球筋で、拾い難いポイントに打ち込む。
対して瀬戸先輩はラケット捌きで、緩急ある速さのボールを繰り出し桜井先輩を走らせる。
ミスも無くお互いの打ち出すボールを素早く処理し次のポイントエリアを見つけ出し、自分のスタイルに替え攻めて行く!

面白い!

これがテニスか!

瀬戸先輩は桜井先輩と対照的にある時は球の威力を殺し、ネット裏に落とす。はたまた強烈ななスマッシュをバックハンドで打ち返す!
それをすかさず走り込み難なくリターンする桜井先輩!

間近に感じる両者の息づかい。
ボールの弾む空気の揺れ。
シューズの軋む音。
ネットを揺らす哀しみのため息。
全ての雑音を粛清し、ただそれだけを残すかのような感覚に溶けて行く。

動画でプロテニスの試合を見てもどこか上の空な虚無の実感しか湧かないけど、今!目の前の試合は鳥肌が立つ程の興奮が芽を覚ます。
それは無音と爆音が交互に襲うかのように、鼓動だけが鳴り響いて来る。

2セット目4ー4でかえす時、瀬戸先輩が叫ぶ。

「いい加減その養成ギブス見たいな『テニスの何ちゃら』が使う鉛の入ったリストバンドとフットバンド外せよ!」

「おいおい!それを言うなら鉄の入ったラケット交換しろよな!」

二人は怒鳴り合うもお互いに話を聞かずまたゲームが始める、。
既に両者はムキになっているのが良くわかる。

ヒヨッ子達はそんなただならぬ話を聞いたとたん、今見ている目の前の二人の姿が異様に見始めて来ていた!

(何?今まで二人はハンディー着けて闘っていたの?)

今の今迄、桜井先輩はあのリストバンドを着けていた。そう!私は見ていた!私達と練習している時も、グランドで鬼ゴッコをしているときも!
それであの走り・・・
しかもあの強烈なサーブ・・・
私だげじゃなくヒヨッ子一団も思ったのか一様にあんぐり!していた。

だが、ゲームは徐々に傾き始める。
桜井先輩のスマッシュが甘くなりラインを割る

15ー30

走り込んだ桜井先輩の先にボールが流れる。

15ー40

桜井先輩の息が荒くなる。
リターンを交わすがネットに当たる

0ー30


すると瀬戸先輩は今迄の緩急させるスマッシュを替え桜井先輩の力業を真似る。
ダイナミックなフォームで弾丸を打つ!

桜井先輩程の威力は無いものの鋭く深いサーブが冴え渡る。

桜井先輩は逆にカットとループで技で打ち返す双方のスタイルが入れ替わる。

ネット際で桜井先輩の強い踏み込みが音を響かせたと思いきや、カットで手前に落とし、深く落ちたストロークを大きくサービスラインギリギリ迄打ち返す!
桜井先輩もテクニックを魅せる。
だがそこまでだった・・・・

そしてヒヨッ子一団はただ見る事しか出来なかった。



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瀬戸家 夕飯食卓


「昴どうした?学校で何かあったか?」

昴の父親がいつもと違う息子の雰囲気の違いを察した。

瀬戸昴は家迄の帰宅中、さっきの試合内容をずっと考えていた。
試合には勝った。勝ったのは良かったのだが素直に喜べなかった。

試合の流れ、完全に自分が支配していた。桜井の真っ直ぐなストレートの力を削ぎ、緩急をつけながらリターンする。落とし所は常に逆サイド、そして際どいポイントを狙い攻める。
そしてこちらの攻め手に合わせ直ぐ様、スタイルを変える。
先手先手でゲームを進ませた。しかし桜井は序盤から飛ばして力業ではね除け、裏を裏をと打ってくる。それは怖く焦りを隙を作らせてしまった。弱点を上手く攻められた。
後半は体力の消耗で難なく勝てたが・・・・
(あれは・・靴にも鉛入れてやがったな・・)
結局ゲームは勝ったが桜井の存在が大きくなっただけじゃんか・・・!

それでも瀬戸は口がニヤケてしまう。


「・・・・父さん、何で城川校を薦めたの?」

「ん?・・・・実はな昔の友人で、その息子さんが城川高校のテニス部に入ると聞いたんでな、まぁなんだ昔の縁が何かあればと思ってな。」

父親は何か悪い事をしてしまったかの様に答える。

「ふーん。・・でお父さんの友達の名前はなんて言うの?」

「うん? ああ、桜井と言うんだ知ってるか?」

昴は一瞬父親を凝視し、その後さらに微笑みんだ。

「父さん!ありがとうマジで!」

「えっ!?」

父親は何だと思いながらも息子の嬉しそうな顔を見ながらビールを煽った。

昴は楽しそうに母の自慢の唐揚げを箸で口に頬張る


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昨日のゲームを見たヒヨッ子一団はまだまだな自分達を自覚させられ練習に意欲をわかしていた。そして、桜井先輩も先発メンバーに入っているんだけど、ヒヨッ子一団を指導していて大丈夫なんだろうか?
そんな事を思いながら、私は今日も部活動に行く。
すると桜井先輩がいつもの様にコートにやって来た。おや?
その後ろには神山部長と増田キャプテン川口キャプテン!なんと、顧問の橘先生までいる!ヒヨッ子一団はみんないそいそし始める。

「こっちに集合!」

桜井先輩が集める。

「お疲れ様」

神山部長が話を切り出す。

「「「お疲れ様です」」」

「とりあえず1年生のみんな、今日まで合同練習では無く、桜井の練習だけ活動してもらってお疲れ様でした。まあ今年から少し方針を新たに、練習方法を変えたんだけど。今日その成果を見たいと思います。」

「それで先ず、ストレッチが終わったら、1年生だけの対抗戦を実施します。」
「当然勝ち抜いた選手は今回のインターハイのメンバー枠も視野において試合を見ますのでそのつもりで頑張ってください。」

神山部長は『みんな出れるかもよ!』的な笑顔を私達に向けているが、私達は逆に恐縮して『無理でしょう』的な反応をする。

「なんだ1年嬉しくないのか?もしかしたらインターハイに出れるかも知れないんだぞ!」

男子キャプテンの増田先輩が神山部長の反応に鈍い1年生を不満げに皆をいなす。
すると遠藤君がすまなそうに発言した。

「先輩・・・初心者の自分達がインターハイとかまだ考えてはいません」

すると桜井先輩が『まあまあ』と私達に振り言葉を継ぐ。

「でも2、3ヶ月でテニスらしい動きは出来て来たんだから【中間発表】な感じでやって見ような!」

桜井先輩の言葉にヒヨッ子一団は各々返事をして、既に上級生と打ち合いの練習をしている1年生との小試合をする事となった。