退職まであと1週間と迫った金曜日、私は、やはり残業に追われていた。

オフィスに残ってるのは、私と係長だけ。

静寂の中、カタカタとキーボードを打つ音だけが響く。

まもなく20時という頃、私は、机を片付けて立ち上がった。

「お先に失礼します」

私が係長に挨拶をすると、係長は、パソコンの画面をパタンと閉じた。

「ちょっと待って、送るから」

えっ?
前はよく送ってもらったけど、ここ1年くらいはそんなこと言われたことない。

「大丈夫ですよ。まだそんなに遅くありませんし、ちゃんと電車もありますから」

私は遠慮するけれど……

「いや、これが最後かもしれないから」

そう言った係長は、鞄を持って立ち上がる。

私はそれ以上断ることも出来ず、係長の後について駐車場へと向かった。

駐車場には、社用車が数台並ぶ他は、もう係長の車しか残っていない。

「どうぞ」

私は係長に促されるまま、助手席へと乗り込んだ。

係長は、エンジンをかけ、静かに車を走らせる。

カーステレオから流れるのは、落ち着いたジャズのナンバー。

「係長の車に乗せてもらうの、久しぶりですね」

私は沈黙を嫌って口を開く。

「ああ、そうだな。1年前のバーベキュー以来か?」

そうだった。課長が赴任してくる前は、いつもイベントの後は係長が送ってくれてたっけ。

暗闇の中、計基盤のわずかな明かりが係長の輪郭を浮かび上がらせる。

「堀江を送るのは、ずっと俺の役目だと思ってたのにな」

「係長?」

その表情は、薄明かりの中じゃ、はっきりとは分からない。

「堀江、ほんとに辞めるのか?」

係長は、前を向いたまま尋ねる。

「はい。すみません」

係長には、入社以来、ほんとによくしてもらった。

何にもできない私に、いろいろ教えてくれて、失敗したらその尻拭いもしてくれて、ずっとお世話になりっぱなし。

「係長には本当に感謝してます」

次に働くところでも、係長みたいないい上司に出会えるといいな。

「……堀江、辞めるな」

係長……

「そう言ってくれるだけで嬉しいです。正直、四面楚歌状態で社内全部が敵に見えてましたから」

仲良くしてくれる同期はいる。

でも、やっぱり課長とのことをどう思ってるんだろうって考えると怖くて話せなくなる。