「何か言うことないの!?」

向かいの女性からそう問われて、私はハッとした。

「申し訳……ありませんでした……」

私は、そのまま頭を下げる。

けれど、もう怖くて顔を上げられない。

「謝れば済むと思ってるの!? 弁護士を通して、きっちり慰謝料を請求させていただきますからね!」

私は返事もできない。

すると、係長が口を開いた。

「心中お察し申し上げます。ただ、これは私の推測なんですが、堀江は課長が妻帯者であることを知らなかったんじゃないかと思います」


そう、私は、1年前に赴任して来たばかりの課長と交際を始めた。

まさか、既婚者だとは知らずに。

私が知ったのは半年前。

その時には、もう引き返せないほど、課長のことを好きになってた。



「そんなはずないでしょ! 指輪だってしてるし、会社にだって扶養手当の申請もしてるんだから!」

彼女の怒りは収まりそうにない。

課長は、会社ではいつも指輪を外して独身を装っていたと係長は説明してくれたけれど、それで納得する人なら、こんなところまで乗り込んでは来ないだろう。

それに、初めは知らなかったとはいえ、知った後も関係を続けた私も悪いのは分かってる。


結局、私は、謝り続けることしかできず、係長がとりなしてくれて、ようやく弁護士を通すということで、帰ってもらった。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

彼女を見送った後、私は、係長に頭を下げる。

「いや、俺の方こそ、課長が既婚者だってもっと早くに言っておけばよかったのに、申し訳ない。変に勘ぐられるのが怖くて、2人の関係に気づいてても言えなくて……」

変に勘ぐられるってどういうこと?

分からないながらも、それを聞き返せる雰囲気ではなくて、私は曖昧にうなずいて話を終えた。



けれど、その場は収まっても、社内に広まったスキャンダルが消えるわけじゃない。

私と課長の不倫の噂は、あっという間に広まってしまった。

辞めよう……

1週間後、私は退職願をしたため、課長に提出した。

好きな人も貯金も職も失くすなんて……

なんで、もっと早くに気づかなかったんだろう。

なんで、気づいた時にすぐに別れなかったんだろう。

後悔先に立たずってこういうことなんだろうな。


私は、それ以来、引き継ぎの残務整理に追われている。