見ると、ステージ傍のピアノの椅子の上にバイオリンが置かれている。

しかも……

「えっ? これ、私の?」

ケースの蓋を開けられ、弓も張って、松脂まで塗られた状態で置かれているのは、どう見ても私のバイオリン。

「おばさんに頼んで持ってきてもらった」

徹が指さす先には、客席からステージを見上げる母の姿があった。

「ほら、急いで!」

徹にバイオリンを押し付けられ、ステージに連れて行かれる。

そこには、いつの間に用意したのか、バイオリン用のマイクと譜面台が用意されていた。

「玲奈なら、譜面なくても大丈夫だと思うけど、一応、お守り代わりに置いとく」

わけが分からないまま、ドラムスのカウントが始まり、演奏が始まってしまう。

私は、覚悟を決めてバイオリンを構えた。

何度も聴いたこの曲。

歌詞はもちろん階名だって頭に入ってる。

私は、ぶっつけ本番だけど、精一杯バイオリンを奏でる。

その途端に歓声が上がった。

ボーカルなしで、こんなに盛り上がってくれるの?

そう思ってた時、サビで声が入った。

「えっ?」

下手から、マイクを持った男性が歌いながら入ってくる。

と同時に、徹が私の横に来て、声を掛ける。

「玲奈、そのまま続けて!」

分からないまま、私はバイオリンを奏で続ける。

その曲が終わり、ほっとしたのも束の間、また徹が寄ってきた。

「2曲目、行くぞ。
 今度は、玲奈の好きなように弾いていい」

そう、耳打ちされて、私はこくりと頷いた。

私は主旋律を外れて、ハモるようにボーカルの三度下を弾いてみる。

これ、楽しい!



2曲を終えてステージ袖に入ると、一気に力が抜けた。

「さすが玲奈、よく頑張ったな」

徹がくしゃくしゃと私の頭を撫でる。

「玲奈ちゃん、かっこよかったよ。
 徹が絶対大丈夫って言うだけのことはある」

他のメンバーが声を掛けてくれる。

「今回、俺らが1番盛り上がったんじゃね?」

興奮冷めやらぬメンバーが、口々にステージの感想を述べている。

けれど、私は、気が抜けて、何も言えない。