お作法を学んで お勉強をして 護身術を習って

綺麗な格好をして パーティーに行って お稽古をして

お金も地位もあって。家族やお友達もいて。



そうやって生きてきたわたしに突如差し出された非日常。

初めて歩いた夜の菘町(すずなちょう)は、喩えるならば深い海だった。



出会った彼の手には鋭いナイフ。


お料理をつくることさえゆるされないわたしには触れられない物だと思っていたそれを、彼はいとも簡単に、お野菜にじゃなく他人に向ける。



周りには味方ばかりなわたしと
何もかもが敵だと思っている彼


だけど本当は、ふは、と笑うひと。笑えるひと。

まるで金星のように
会うたびに姿が変わるひと。



ねえ、
明生(めい)は、

いつも布団を頭までかぶせて
いつも海色のバイクに乗って


いつか見失ってしまいそうで。



「ぴよの自由は、危険だな」


同じ町で育ったはずなのに

わたしの知らないことを知っていて
わたしが知っていることを、知りたがっている。



きっとちぐはぐな幸せを

描いて、望んで、叶わないとあきらめているんだ。