「それだけで充分なんだけど……。今日はせっかくだから、もう少し贅沢言っていい?」

「っ……?」

「ずっと俺の傍で、微笑っていて下さい」

好きな人の望みが、自分。
(げつ)のその言葉は"好き"という直接的な言葉よりも、ずっとずっと心に響く。

優しい、愛おしい願いに、心が弾けてしまうーー。

いっぱいに満たされた心が、溢れて幸せの涙へと変わる。
堪えられずに、ただただ何も出来ずに身体を震わせながら涙を流していると、(おう)の手に頬をすり寄せながら(げつ)が昔を思い返すように語る。

「ずっと、一緒に帰りたいと思ってた。故郷の里に、(おう)と一緒に帰りたい、って思ってた。
……けど、もういいんだ。俺の里は、”ここ”だから」


それは大切な二人の想い出。
決して色褪(いろあ)せる事なく心の中にある、想い出。

「俺さ、いつも行商から帰る度に窓から(おう)に会いに行ってただろ?
あれは、1番にお前の顔が見たかったからなんだ。扉から行くと、まず先に(おう)の母ちゃんが出て来ちゃうじゃん?だから……」

いつも、誰よりも先に自分に会いに来てくれていた。
離れている時も、一緒に居なくても、彼は私を想っていてくれた。
自分が想っていたのと、同じように……。

「いつも、帰りたかった。(おう)のいる里が、愛おしかった。
お前の笑顔が照らしてくれる、明るい里。
お前が、俺の里なんだ。(おう)

なんて優しい声で、名前を呼んでくれるんだろうーー。

自分の左手の薬指にそっと口付けて、照れ臭そうに微笑む彼を見た瞬間。胸の中にくすぶっていたものが消えていく。

(おう)は、実はずっと孤独だった。
ドジで引っ込み思案で役立たずだと思っていた自分が、ある日満月の夜に願いを叶える能力(ちから)に目覚め、それを使う事が里のみんなを幸せに繋がると信じていた。