思いがけないタイミングで訪れた、ミライさんとの下剋上ーー。

今夜は満月。
『月姫の祈り』を演じるには最高の日かも知れない。

そんな事を思いながら見上げていると、身に着けていた黒いマントを脱ぎ捨てながらミライさんが説明を始める。

「演じてもらうのは、僕が1番好きな場面。
(おう)(げつ)と砂浜で最後の夜を過ごすシーンだ」

「!……はい」

その場面を演じる事になるだろうという予想は、大体ついていた。けど、驚いたのは……。

「僕が(げつ)をやる」

「え?」

「僕が(げつ)を演じるから、本気にさせてみな?」

「……。ミライさんが、(げつ)を?」

てっきり、ミライさんを観客に見立てて一人芝居のように演じるのかと思っていた俺は驚きを隠せなかった。

「そうだよ。……不服、かな?」

「とんでもありません」

一瞬呆然としてしまったが、俺は首をすぐに横に振る。

不服なんて、ある訳ない。
むしろ嬉しくて胸が弾みだした。
ミライさんに相手役をやってもらえる上に、その演技を1番間近で見られるのだから……。

この人は人の扱いが本当に上手い。
俺を俄然、やる気にさせる。

「僕に可愛いって思わせてみな。
僕をドキッとさせたら君の勝ちだ」

恋愛事情や色恋沙汰の噂が一切ないミライさんが、どんな女性を可愛いと思うのか、はたまたドキッとするのかなんて分からない。

だから、俺は俺が思う(おう)を演じるだけだ。

「分かりました。
よろしくお願いします!」

姿勢を正して、深く頭を下げる。
そして、顔を上げて次に瞳が重なった瞬間。俺とミライさんは対戦相手になっていた。