アメフラシの儀式が予定されている村に着いたのは、昼過ぎだった。
この土地も雨季が短く、圧倒的な水不足で飲み水の不足は勿論、田畑になんて当然水が行き渡らない。
そこで、何とかしてほしい、と依頼を受けて来た。
……の、筈だったのだが。
「蓮葉様、申し訳ございません。今暫くお待ち下さいませ」
蓮華国から一緒に来ていたお付きの者が、何度も頭を下げながら言った。
もう同じ台詞を何回聞いただろう?
村の入り口付近に到着してから、かれこれ1時間は立ち、蓮葉《レンハ》様と俺とジャナフはずっと馬車の中で待機中。
お付きの者が村長に到着した事を報告しに行ったのだが、「もう少し待ってほしい」の一点張りらしい。
「どうしたのかな?
村の様子、なんかガヤガヤしてるみたいだし……。何か事件があったとか?」
馬車の中から窓の外を見たジャナフが心配そうに言った。
確かに、何かおかしい。
普通は依頼した側なのだから、案内出来ない理由があるにしろ村長が自ら出迎えて蓮葉様に理由や謝罪の言葉を述べる筈だ。
それに、ジャナフの言う通り村の中は何やらガヤガヤしており人集りが出来ているが、その村人の表情には笑顔が溢れている。
蓮葉様を通せないような深刻な事件が起きているとは、到底思えなかった。
まあ、今回初めて訪れる村みたいだし。
段通りに時間が掛かっているだけかも知れないが……。
「ジャナフ、蓮葉様を頼む。俺が村に行って様子を見てくる」
「ーー待て、ツバサ。わしも行く」
俺が馬車を降りると、蓮葉様も席を立ち上がり微笑った。
その表情に違和感を覚える。それは、初めて見る表情。
「いつ迄待たせるつもりか、村長にわしが直々に文句を言うてやる!その方が効くじゃろ?」
彼女は、そう言ってまた微笑った。
でも。微笑っているのに、何処か元気のない様子だった。
「……。
分かりました。足元にお気を付け下さい」
その様子が気になって、俺は彼女を置いて行く事が出来なかった。
手を差し出し、馬車から降りるのを手伝い、降りた後も蓮葉様の手を放せない。
彼女の手が、冷たくて、微かに震えていたからだ。
ーー俺は、何も知らなかった。
自分が今までどれだけ優しい世界で生きていたのか。
そして、彼女が厳しい世界で、どれだけ強く生きているのか……、……。