俺がじっと見つめていると、視線に気付いた女性はハッとして口を開く。

「っーー……ヴァロン、様?」

「!……えっ?」

ヴァロン様ーー。
女性は確かに、そう俺を見て言った。

「っ……父さんを、知ってるんですか?」

困惑した頭のままだが、俺は女性に聞き返した。
すると、女性は「父さん?ならば、貴方様は……」と言葉を続けようとするが……。

《ーー暫く黙っておれ、と言っておるだろう》

また天使の声が聞こえたと思ったら、女性も突然その場から吹っ飛び本棚に叩きつけられ、気を失ってしまった。

色々な事が起こり過ぎて、本来の自分ならば女性の介抱に向かうだろうが身体が動かない。
呆然としていると、いつの間に側に来ていた天使が言った。

《ようやく会えたね》

「!っ……」

《……ほう、私が誰だか察しているのか。さすがは、"我が器"となる人物だ》

「っ、は?……我が、器?」

どう言う意味なのか、俺はさっぱり分からなかった。
ただ、さっきまであんなに美しく自分の瞳に写っていた天使が、間近で見たからか、はたまたシャルマや女性が吹っ飛ばされた一連を見たからか……。何だか急に、不気味に見えてくる。
そんな俺に、天使はニコッと微笑むと説明を始めた。

《簡単に説明しよう。
グラスに水を注ぐとする。そうすると水は、そのグラスの大きさまでしか注ぐ事は出来ないよね?
グラスの大きさよりも水を注げば、水は溢れてしまう。
水だけじゃない。物には全て容量があり、それを超えるものは収納する事が出来ない。そうだよね?》

「……それが、一体」

《でもね、私が"何か"の中に入ると、溢れるんじゃなくて弾けてしまうんだ》

「弾け、る……?」

《そう。普通は私が中に入ると、器は耐え切れなくなって壊れてしまうんだよ。普通は、ね》

「……っ」

天使にそう言われて、俺はさっき狸を助けた時の事を思い出す。
中に入る、それは……。あの時、天使が俺の身体を使って狸を助けた時の事を指しているとしか、思えない。
天使はまたニコッと微笑った。