大学の講義が終わりぞろぞろと他の生徒が出ていく。
私は先程の講義の内容を思い出しながら細かくメモを取っていた。


やがて雑踏は消えてその場には紙のすれる音と、ペンの走る音しかしなかった。いつもの事なのでなんとも思わず作業を続けた。

「熱心だね」
しゃがれた声が上からかけられた。
声の方を見ると柔和な笑顔で私の作業を見ている齋藤教授が立っている。

私は素早く立ち上がり椅子をしまってぺこりと頭を下げた。

「あ、ありがとうございます!!」

褒められたことが素直に嬉しくて声のトーンも上がった。
いや、声がひっくりがえったって言い方の方が正しいのかも…
とりあえずいつもより高い声が出た。

すると教授はおかしそうに笑い私を見る。
その笑顔に自分が少し恥ずかしくなって苦笑いをして返した。

「君のような生徒は珍しいからね…。いつでも質問しに来なさい」

目尻をクシャとさせて告げる教授に私は嬉しくて溢れそうな気持ちを伝えるように大きな声で返事をした。

それじゃ、と講義室を出ていく教授の背中を眺めながら褒められた余韻に浸る。

やっぱり見てくれる人は見てくれるんだ!
小さくガッツポーズをとってよしよしと呟いた。


ふと時刻を確認すると15時を指していた。

「やばい!」

急いで荷物をまとめ講義室を飛び出していく。
家まで走って帰り荷物を置いて急いで着替えた。
バイトに遅れちゃう!
バイト用に用意していたバッグに持ち替えてまた家を飛び出す。

落ち着きのないままバイト先に着くと先輩が呆れて私を迎えた。

「あんたね、もっと余裕を持って来なさいよ」

「すみません。少し余韻に浸っていて…」

眉を下げながら笑って謝ると先輩は頬をつねって私を叱る。
これが少し痛いんだよね。
3秒ほど経つと先輩は手を離して「早く支度しちゃいな?」と、先程とは裏腹に優しい笑顔で言う。やっぱり優しい先輩だ。


自分のロッカーを開けて仕事の制服に着替え、早速お店にへと出る。

ここは私の掛け持ちするバイトのひとつで書店とカフェがひとつになっているいわゆるブックカフェ。店内では小説を読みながらコーヒーや紅茶が飲めたり、絵本を読み聞かせながらお菓子を食べることが出来る。もちろん購入も可能だ。
私の好きな場所ベスト3に入る特別な場所でもあった。


今日もカウンターに立ちお客様の様子を見る。奥のソファではお子様連れのお母さんが絵本を読み聞かせ、手前ではPCを操作しながらコーヒーを飲む学生が居た。そんな2組の異なる人達を見て私はいつものように小説のネタとなるものを探す。

もしあの学生を主人公としたらどんな物語ができるだろう。ミステリーならあの人はきっと第1発見者で疑いを賭けられるかもしれない。いや、案外探偵の補佐役をやったりして?犯人を何らかの理由で庇う歪んだヒーローとか?

次から次に浮かんでくるアイデアに取り憑かれている私は学生にピッタリ焦点を合わせてずらさなかった。
学生からすればいい迷惑だろうけど私のもし、かもしれない、という考えは止まらなかった。

いや、実際には止まったけど…。

「あの…」

この男性によって。

私は瞬時に思考を戻して接客に専念する。
真っ直ぐ相手のを目見て話を聞く姿勢をとると相手の男性は少し私から目を逸らした。

なんだろう…。男性の行動に対して疑問を持つがいつも通りを続けた。

「…ご注文でしょうか?」

相手の様子を伺いながら問うと男性は目をパチパチとさせてなんだか落ち着かない様子だった。
相手を焦らせてしまっても失礼なので私はゆっくりでいいと男性に伝えてしばらく待つことにした。その言葉が逆効果だったのかさらに男性はあたふたしている。

「えっと…あの…」

何かを伝えたいことは肌に感じてわかったので真剣に男性の言葉に耳を傾けた。

「こ、コーヒーを…ブラックで…」

とてもか細い声でそう言った。

なんだコーヒー注文したかったのか!確かに最初は少し緊張するよね…。

私は男性の気持ちに共感しながら注文を取る。

「はい!今から挽きますので少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」

当店自慢の注文を受けてから豆から挽くコーヒー。ここら辺のカフェの中でもトップレベルの美味しさだと思う。なので私はコーヒーの注文をとる時は何故かいつも嬉しくなる。

「…は、はい」

小さく返事をしてぺこりと頭を下げ店内の奥へと消えていく。

なんだかオドオドしてたな…あの人…。
コーヒーミルで豆を挽きながらそんなことを考えていると先輩がスタッフルームからでてきた。

「これこれ、もう挽き終わってるでしょ?考え事してたの?」

先輩は私の手を止めながら聞いてきたので「はい」と答えると軽いチョップを食らった。これが愛の鞭ってやつか…

しみじみ思っていると先輩から先程より少し強めのチョップを食らう。

「いて…」

「手を動かしなさい手を」

「はぁい」

言われた通り丁寧にコーヒーを淹れ店内にいる男性を探した。
眼鏡の…カーディガンの…あ、居た!
何となく私の好きなスペースに行ってみると先程の男性が目を輝かせて本棚を見ている。
ふと私の中のイタズラ心が疼く。


…少し驚かせちゃお