「浅野さん、ちゃんとお願いしましたよね? 佐々木は酒が苦手だから、飲ませないでくれと」
いつもの温厚で穏やかな桜庭さんの声とは違う。
「いや、乾杯だけのつもりが、本人が大丈夫だって言うから」
言い訳をする浅野さん。
えっ?
確かに言ったけど、勧めたのは浅野さん……
なんだか、納得がいかない。
っていうか、桜庭さん、私にお酒を飲ませないようにお願いしてくれてたの!?
私は、話がよく分からないまま、桜庭さんの胸で2人の会話を聞く。
「今後一切、佐々木は俺のいないところであなたとの飲み会には参加させませんから、覚えておいてください」
えっ?
桜庭さん、そんなこと言っていいの?
浅野さんは大切な取引先の人だよ?
心配になりながらも、抱きしめられてる私には、桜庭さんの表情を見ることすらできない。
しかも、浅野さんの返事も聞こえなくて、どうなってるのか、いまいちよく分からない。
「佐々木は俺が連れて帰ります。今日は佐々木がお世話になり、ありがとうございました」
桜庭さんはそう言うと、私の肩を抱いたまま、並んで駅に向かって歩き始めた。
ようやく視界が開けた私は、そっと隣の桜庭さんを見上げる。
ブスッとした表情の桜庭さんは、怒っているようにも見える。
私のせい?
私がこんなふうに酔って迷惑をかけたから。
「あの、ごめんなさい」
私が消えいるような声で謝ると、桜庭さんはふっと表情を緩めて、ふぅぅっと大きく息を吐いた。
「迎えに行って良かった」
その安堵したような表情が、なぜかとても優しく見えて私は彼の腕にこてんと頭を預けた。
浅野さんに肩を抱かれた時は、あんなに嫌で戸惑ったのに、桜庭さんだと安心して身を委ねられる。
なんだか不思議。
「助かりました。ありがとうございました」
「佐々木さん、酔ってる?」
桜庭さんが不思議そうに尋ねる。
「はい、少しふわふわします」
何を当たり前のことを聞いてるんだろう?
酔ってるから、支えてくれてるのに……
「やっぱり、佐々木さんは、酒は飲まない方がいいな」
「はい、すみません……」
やっぱりこうして迷惑をかけてること、怒ってるんだ。
「あんな奴に触られて、逃げもせずに寄り添ってるなんて」
桜庭さんは、心底ムカつくというように、呟いた。
あんな……奴!?
桜庭さんが他の人をそんなふうに言うの、初めて聞いた。
「それは、浅野さんも酔ってたから……」
私はそう言うけれど……
「酔ってたら触っていいわけじゃない。あいつだって大人なんだから、それくらいの分別はあるさ。あいつは、分かった上で、下心で佐々木さんに触れてたんだ。ムカつく」
怒っている桜庭さんは初めてで、どうしていいか戸惑う。
っていうか、えっ? 下心!?
「ふふふっ、そんな、まさか」
私なんかに下心を持つ男性がいるなんて思えない。



