私の居場所はこの腕の中【優秀作品】

店を出て、私は向き合ってお礼を言おうとするけれど、思いのほかしっかりと腰を抱かれていて、それもままならない。

「あの、浅野さん?」

私が声を掛けると、浅野さんはにっこりといつもの優しい笑みを浮かべた。

「みくちゃん、2人だけでもう一軒行かない?」

えっ?
二次会に行きたくないんじゃ……

私は、「嫌だ」と即答するのもためらわれて、無言で浅野さんを見つめた。

「俺、ずっとみくちゃんとこうやってゆっくり話してみたかったんだよね。もう少し2人で(はなし)しよ?」

これは、なんて答えればいい?

浅野さんは大切な取引先。
来週からもまた一緒に顔を合わせて仕事をしなければいけない。

でも、人数合わせで連れてこられた合コンは、もう終わったし、そもそも人数合わせにもなってなかったし、だから、私がもうここにいる意味はない気がするんだけど……

私は、酔ってふわふわした頭で一生懸命断り方を考える。

でも、私と話したいと言ってくれてる人を断る口実は私には思いつかなくて……

どうしよう。

どうすればいい?


私が困っていたその時。

「佐々木さん!」

すぐ傍に置かれた自販機に名前を呼ばれた。

えっ!?

驚いた私が目を向けると、自販機の陰に桜庭さんが立っていた。

「桜庭さん!」

私が桜庭さんの名を呼ぶと、スッと私の腰に回されていた手が下ろされた。

ほっとした私は、ふわふわした足で桜庭さんに駆け寄る。

いつも通りに駆け寄ったはずだった。

ところが、桜庭さんのそばまで行くと、スーッと膝から崩れ落ちていく。

何これ!?

まるでスローモーションのように、視界が下がっていくと、今度は目の前に赤い物が迫ってくる。

桜庭さんが肩を抱いて支えてくれていると気づいたのは、その声の響きを赤いネクタイ越しに頬で聞いた後だった。

「佐々木さん、大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

私は慌てて、1人で立とうとするけれど、桜庭さんはしっかりと私の肩を掴んでいて、離れられない。

「あの、桜庭さん、大丈夫ですから」

私は、目の前にある桜庭さんのコートのボタンホールを見つめながら言うけれど、

「無理しなくていい。どうせ、飲まなくていい酒を飲んだんだろ?」

と言われて、さらにぎゅっと肩を抱き締められた。