私の居場所はこの腕の中【優秀作品】

「っとに…… だから、心配なんだよ、佐々木さんは。相手の好意にも下心にも気づかず、無防備にしてるから」

えっ? 私が!?

「今だって、されるがまま俺の腕の中にいるし。嫌なら、嫌って言わなきゃ。振り払って逃げなきゃ」

嫌? 桜庭さんの腕の中が?

桜庭さんはそう言うものの、腕を解く気はないようで、そのまま歩き続ける。

「あの……、確かに、浅野さんに肩を抱かれたり、腰に触られたりするのは、すごく嫌でした。でも、浅野さんは大切な取引先の方だし、酔ってるだけだから、今だけ我慢すればと思って……」

私は、ボソボソと言い訳を口にする。

「相手が誰だろうと、佐々木さんは、嫌な相手に触られるのを我慢しなくていいんだよ」

「はい……」

今日の桜庭さんは、なんでこんなに怒ってるんだろう。

いつも、絶対に怒ったりしないのに。

「今もだよ。佐々木さんは、嫌なら俺の腕を振り解かなきゃ。じゃないと、俺が勘違いする」

勘違い? 何を?

「でも……嫌じゃないから……」

桜庭さんの腕の中は、とても居心地がいい。

ずっとこうしててほしいと思えるくらいに。

「佐々木さん?」

桜庭さんは、不意に足を止めた。

「俺、自惚れてもいいの?」

ん? 何を?

私は、話がよく分からなくて、腕の中から桜庭さんを見上げた。

でも、街灯を背にした桜庭さんは、逆光になって、その表情はよく分からない。

分からないから、そのまま見つめてると、桜庭さんの顔がゆっくりと近づいてくる。

ん? これ……!?

気づけば、私たちの間の距離はなくなって、しっとりと唇が押し当てられていた。

これ、もしかして、キス!?

桜庭さんからはコーヒーの香りがした。

もしかしたら、この寒い中、ずっとあの自販機のコーヒーを飲みながら、私を待っていてくれたのかもしれない。

どれくらい、そうしていたんだろう。

永遠とも思える長い間、私は桜庭さんの温もりを感じていた。

「言っただろ? 嫌なら、逃げなきゃいけないって」

唇を離した桜庭さんは、私の鼻先でそう囁く。

だって……

驚いたけど、嫌じゃなかったから……

「佐々木さん、ずっと好きでした。俺と付き合ってもらえませんか?」

うそ……

そんなこと、今まで、一度も言われたことない。

考えたこともなかった。

でも……

「……はい」

ずっと桜庭さんの腕の中にいたいと思うこの感情。

これが、きっと好きってことなのよね?

これから、ずっとこの腕の中が私の居場所になる。

なんて幸せなんだろう。

私は、桜庭さんのコートの背を、キュッと握った。



─── Fin. ───



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