エリスが舞台袖に到着したとき、舞台上ではちょうど、エリスの出番の三つ前の出場者が演奏をしているところだった。

 このままエリスは、自分の出番になるまで舞台袖で待つことになる。

 全生徒が講堂に集っているせいか、自室から講堂まで移動する間、生徒はもちろんのこと、猫の子一匹遭遇することはなかった。

 そして、道中、地面に汚物がまかれている場所があるといったような、明らかな障害もなかった。よって、エリスは、講堂の舞台袖までは、無事にたどり着くことができた。

 舞台袖から覗く舞台は、特に変わった様子がないように見受けられた。

「準備をお願いします」

「はいっ」

 進行係に声をかけられ、エリスは我に返った。 

「楽器はこちらでお預かりします」

「ロイ、バイオリンを取り出すから、ケースを貸して」

 バイオリンは、ケースに入った状態で、部屋を出る時からずっとロイが持っていてくれていた。

 エリスは自身の手で、ケースの錠を開け、バイオリンを手渡した。

 その後、エリスは、衣装を覆い隠すために身に着けていた、フード付きのマントを脱いだ。




 マントに隠されていた衣装が現れると、周囲がどよめいた。エリスのドレス姿を初めて見たときのロイと同じ反応をしているようだ。

 だが、そんなどよめきも、今のエリスの耳には入らない。エリスの頭の中は、舞台上での五分間を無事に切り抜けることと、この瞬間だけエリス・ステュアートに戻ることで埋め尽くされていた。

「じゃあ、僕はここにいるから。頑張って!」

「あ……うん」

 半ば押し出されるような形で、エリスは舞台に転び出た。

 エリスが舞台に姿を現すと、ここでも再びどよめきが起きた。だが、やはりエリスの耳に入ってこなかった。

 エリスが、舞台中央の立ち位置の印がついている場所にまで歩みを進めると、反対側の舞台袖から係りの生徒がバイオリンを持ってやって来た。

(あら……?)

 バイオリンは、先ほど舞台袖でバイオリンを渡した生徒とは違う生徒が持ってきた。

 エリスは、自分が知らない舞台裏で、このバイオリンがどのように扱われていたのか、少々不安に感じた。そこで、すぐにバイオリンをこの場で調べたい衝動に駆られた。

 だが、そんな余裕はもちろんなく、すぐに本番を始めなければならなかった。