どうしてだろうか、話がどんどん変な方向に進んでいく。元々はこれから給料の話とか、勤務時間の話とか、そういうのをきちんと話すつもりだったのに…。これ以上「愛情」なんたらとか言ってもただ時間の無駄になるとしか思えない。


「あの、河原塚さん?あなたなりの理論があるかどうかは分かりませんが、私はそんなピュアな話には興味ありません。ただ家に帰って来た時、もうすこし楽になりたいので、誰かが掃除なり何やりをやって欲しいと思いあなたを雇ったわけです。なのでただ綺麗にここを掃除して、ご飯作って、最低限の仕事をしてください。それ以上は望みません。」

「いや、そんなピュアな話が意外と人生には必要になってくるもんなんだよ。だって、家はそこに住んでいる人を映す鏡でもあるんだから。ここに住んでいる人は、美人で、とてもイケてる、素敵な女性のはずなのにー」


河原塚さんの視線が動く先を、彩響も自然と目で追った。どこを見ても山のように溜まっている洋服や、書類や、飲み残しのペットボトル、お菓子の袋などが散乱していて、きれいな場所は全く見当たらない。確かに、この空間には問題がある。沢山あるのは十分承知の上ではあるが…。


「ー果たして、この家はそれを言って?」

「…家はなにも喋りません。」


彩響の不満あふれる声に、河原塚さんがにっこり笑う。


「もちろん喋ったりはしないさ。でも、この空間はここに住んでいる人について沢山のことを教えてくれている。そうだね…例えば、普段約束の時間に遅れて、タクシー乗ること多くない?」


図星を指されて一瞬ぎくりとする。彩響の反応に気づいたのか気づいていないのか、河原塚さんの話は続く。


「大事な書類がなくなって家中を探し回ったり、肌が荒れたり、急に太ったり。それはすべてあんたが住んでいるこのマンションが綺麗じゃないから起こることだよ。空間と人は深く繋がっていて、必ず影響を与える。このままじゃ絶対問題は解決しないよ。」

「あの、さっきから自分の話ばかりしていますけど、その掃除のためにあなたを雇ったわけですよね?だからあれこれ言わずにその掃除とやらをあなたがやってくれれば良いのでは?」

「もちろん、日頃の自然な汚れは俺が掃除するよ。でもまずは、一緒に掃除するんだ。」

「…はい?」


河原塚さんが一瞬顔を近づいてくる。キラキラする瞳で、彼がはっきり宣言した。




「そう、彩響。最初の大掃除は一緒にする。それが俺のルールだ。」