きつね顔のその男のことは昔から良く知っていた。
貴族社会は狭いもので、大抵の同世代はみな幼馴染、と言って過言ではない。彼もまた例外ではなく。

ーー同じ年に生まれた、いけすかない奴。

その印象は何年も変わってはいない。
常にシェリルに対して敬語なのは、家格がシェリルの方が少し上だからか、それとも単に女性に対して丁寧な言葉遣いを心掛けているからなのかは知らないが、わざとらしくて鼻についた。

シェリルを見つけると気付くと横にいて、なんやかんや無駄口を叩いてくる。

「おや、こんなところに野良猫……っと失礼、侯爵令嬢ですか」
「そんなにお菓子を頬張って、本当にシェリル嬢は愛らしいですね。笑った顔なんかほら、あそこにいる太っちょ猫みたいだ」
「この癖っ毛がまた堪らないですよね、撫で心地抜群ですし。一日中撫で回してたいですよ」

細っこい目をさらに細めて、少し不気味なニヤつき顔で、シェリル嬢と気障ったらしく呼ぶその声がどうしても鼻につく。

シェリルは、いつでも一番最初にダンスを申し込んで来るその青年が、何年もの間、自分を好きなことを知っていた。

ダンスの途中で偶然みたいに髪に触れてそのまま撫で回すのも、シェリルを猫に喩えて揶揄うのだって、紳士としては当然失格中の失格なのに、それを誰も見ていないところでやるのだからタチが悪い。良くないことを分かってやっているその根性が気に食わないのだ。

だから、図ったみたいに彼を夫に選ぶのがすごくすごく癪だった。
まるで奴の思い通りになったみたいで、結婚式の日だってずっと仏頂面だった。