「ちょっと透華、どうしたの!」

「ごめん!まさかつばきが戻ってきてたなんて思わなくて…。」

「私もだよ。びっくりしたね。演技も無駄になっちゃったし。」

へへへと女子は笑ったけれど、俺の背中には冷たい汗が流れている。

「本当にごめん。あのさ…明日からは絶対に悪いことは起きないようにするから。放課後、残っててくれるか?」

「大丈夫だよ。何を話したいのか、何となく分かるし。」

「ありがとう。あと、今日は一人で行動するなよ。」

カンナの時みたいに俺は言った。大袈裟だよとその子もまた、カンナみたいに笑ったけれど、大袈裟なんかじゃない。

夏が来るたびにつばきは豹変する。どうしてつばきは繰り返すのだろう。
恋は人を狂わせるから…?俺のせい?だったら俺が居なければ…。
このまま放っておけば、それは確実に、この女子に悲劇を与えるだろう。カンナと同じように…。

「大袈裟なんかじゃないんだ。絶対に、今日だけでもいいから一人にならないで。つばきのことは俺がちゃんと見てるから。じゃないとまたカンナみたいにっ…。」

言いかけて俺は口をつぐむ。「二人だけの秘密だよ。」と言ったつばきの声が、サイレンの様に耳の奥で鳴っている。

「カンナちゃんが…何?」

不安そうな目を向けてくる女子に、何でもないと言って、教室に戻ろうと促した。

授業はとっくに始まっていて、保健室に行っていたと告げると、数学教師は興味無さそうな声で「席に着け。」と言った。

女子友達が「大丈夫?」と、ヒソヒソと声を掛ける。女子は俺の方を見ていたけれど、その視線には気がつかないふりをした。

カンナの復讐に関わることなら何だって堪えられる。どんな悪魔にだってなれる。
でも、俺の復讐の為に他の人達を巻き込むわけにはいかなかった。

この女子には既に嫌がらせが始まっていて、平気な素振りを見せてはいても、カンナと同じ…。小さい傷は少しずつ大きくなっていくだろう。

早く辞めさせなきゃ。
焦る気持ちで一つ、大きな失敗をしてしまった。

授業なんて上の空で、何一つ頭に入ってこない。
それじゃあ駄目なんだ。こんなに動揺していたら、復讐なんて成し得ない。

去年の夏。嫌がらせを受けたカンナの悲しそうな表情。図書室から出て来た時の、絶望に満ちたカンナ。
花火大会の日のカンナの指先の温度。在るはずだった、俺とカンナの将来。

心の中で反芻しては深呼吸を繰り返した。
気持ちが冷えていくのを感じた。

まだやれる。

何を犠牲にしても…。