「いいよ」と言った直後、その女子が周りに聞こえるくらいの声で「痛…イタタタタ…」と言いながらしゃがみ込んだ。
ちょっと驚いたけれど、目を見てそれが演技だとすぐに気がついた。

「おい、大丈夫か?」

俺は心配する素振りで女子の傍に片膝を付いた。

「急にお腹が…。」

女子は俯いて痛がる演技を続ける。その子と仲の良い女子が小走りでやって来て、「大丈夫!?保健室行く!?」と声を掛けた。

「俺が連れて行くよ。立てるか?」

女子が「うん…。」と弱々しげに言いながら力無く立ち上がるのを横から支えた。
友達が「でも…。」と言いながら俺達を交互に見たけれど、「途中で歩けなくなったら女子の力では支えられないだろ。」って言いながら、ゆっくりと教室を出た。

アリバイ成立だ。

保健室は一階にある。話をするならどこでも良かったけれど、一応は保健室に寄らないと後で怪しまれても困るし、三階から二階にくだるまでは、女子を支える様にして歩いた。

階段をくだって、二階と一階に繋がる踊り場で、俺達はようやく離れた。

「ごめんねー。重たかったでしょ。」

女子がはにかむ。女の子が見せる普通の笑顔だと思った。その笑顔だけで心がスッと軽くなる。
今の暮らしは俺には重た過ぎて、何度も気が狂いそうになった。
この子みたいに、同級生達みたいに普通に当たり前に笑える毎日に戻りたい…。

「全然。フリなだけで実際支えても無かったしな。」

笑う俺に、女子も笑い返した。

「どうする?保健室は一応行っとく?」

「そうだなぁ。先生に怪しまれたら…」

言いかけてる時だった。

「怪しまれるって、何が?」

俺達の背後から声がした。つばきだ。俺達は一階へ降りようと階段をくだりかけていた。
つばきは三階からくだってくる階段の途中だ。
何で…?

「お前、さっき移動…。」

女子が焦った顔で俺とつばきを交互に見ている。体を寄せていたことも、きっと見ていたのだろう。つばきの顔は怒りに満ちている。

「忘れ物したの。とーか君に手振った後に気づいたから教室に戻ったんだけど、とーか君の教室、なんかちょっとザワついてたよね。そしたらその子と抱き合う様に出てきたからびっくりしちゃった。」

「抱き合ってなんか…!」

女子が反論しようとしたけれど、それを俺が制止した。この状態のつばきには何を言っても無駄だ。
それならもう、三人で話をした方が早いと思った。

「つばき、ごめん。嫌な気持ちにさせて。ちゃんと話するからさ。放課後、いい?」

今度はつばきが俺と女子を交互に見て、女子を睨み付けたまま「分かった。」と言った。

「逃げないでね。」

女子にそう言いながら、つばきは階段をくだっていく。
完全に姿が見えなくなってから、俺は手を引いて三階への階段を駆け足で上がって、廊下の隅に寄った。