「とーか君は、私を好きになれるの?」

「正直に言うと、すぐには無理だろうな。カンナのことを忘れられないうちは。でも、つばきが屋上で言ってくれたことを考えてるとさ、つばきならカンナを忘れさせてくれるかもしれないって思えたんだよ。」

「忘れさせてあげるよ。すぐに。」

「うん。それに俺達はさ、共犯者だろ。」

つばきが共犯者、と繰り返して俺の手を握った。花火大会の夜、カンナに握られた小指みたいに熱は伝わってこない。
もう夏が終わるからだろうか。つばきの手のひらは冷たい。

「お前の秘密を知っているのは俺だけだ。俺はそれを誰かに話したりしない。約束するよ。」

「証拠が欲しい。」

「証拠?」

「とーか君が私の物になるって証拠。私達は共犯者だって証拠。」

月も星も無い夜だ。明日は雨が降るのかもしれない。雨の匂いはまだしない。
ひっそりとした夜。閉ざされた世界につばきと二人だけになってしまったとしても、俺はこの復讐をやめたりしない。
消えてしまったカンナの魂に誓う。

つばきの手を握り返す。つばきの見透かす様な目も、今はもう怖くない。
つばきにそっと口付けた。

「俺がつばきのこれからを守るよ。」

「神前で、結婚式みたいだね。」

カチ、カチと聞き覚えのある音が、俺とつばきしかいない境内に小さく鳴った。

「…っ!!!」

鋭い痛みが左手に走って、そっと確かめればいつかつばきの腕に見た細い、暗くても赤だと分かる線。

ドク、ドクと血管が疼く。

「ごめんね。利き手じゃないから綺麗に引けなかったかも。」

いつの間にか右手に握ったカッターナイフ。
刃の先に付着しているのは俺の血液だろうか。

「綺麗だね。」

つばきが呟く。

「約束だよ。」

つばきがもう一度俺に口付けた。