思った通り、屋上の扉の鍵は空いていた。始業式や終業式、入学式なんかは、吹奏楽部の人達が楽器で演奏してくれる。
その演奏に合わせて校歌を歌うのが定例だった。

屋上から別校舎に渡ったところに音楽室の部室があって、式の前は部活動生達が出入りするから空いていると思っていたけれど、正解だった。

予想外なことは、俺より先につばきが居たことだ。
扉を開けると、フェンス越しに運動場を見下ろすつばきが居る。屋上に吹く風に髪の毛が揺れる。その髪の毛は、顎のラインより少しだけ長めに切られていた。

今朝、教室に入ってきたつばきを見て一瞬違和感を抱いたけれど、その原因がこの髪の毛だとすぐに気がついた。

「とーか君。」

「髪。」

「…あぁ。そう。切っちゃった。似合うかな?」

「長いの、似合ってたのに。」

そんなことを言う為に呼び出したんじゃないのに。つばきの髪の毛がどうなろうがもうどうでもいいのに。

「そっかぁ。でもまぁ髪なんて伸びるし。生きてさえいれば。」

そしてやっぱり俺は、自分の発言をすぐに後悔した。

「とーか君は大丈夫だった?」

「何が?」

「友達からの事情聴取だよ。」

「事情聴取、ね。」

あっけらかんと喋り続けるつばきをどこか冷めた気持ちで眺めていた。目の前に居るつばきは、もう俺とカンナが求めたつばきじゃない。
あの頃のつばきと今のつばき、どちらが本当のつばきかなんて、本人にしか知り得ないし、本当はもうずっと、つばきは他人に押し付けられた「つばき」を演じてきたのかもしれない。
そんなことも、今となってはどうだっていい。

「あの子達、あんなに嬉々として来るとは思わなかったな。」

つばきが呆れた様な声を出す。肩まですくめて見せたのは演技だろうか。

「死、なんてさ。現実的じゃないもんね。私達にはまだ。映画でも見てるかのように。それが自分達の傍で起こったんだもん。ハシャいじゃうよね。不謹慎だけどさ。」

俺にとっては不謹慎どころじゃない。お前のそのしれっとした態度だって、冷めた俺の感情を刺激する。わざとなのか。それとも本当に、つばきの方が、感情が死んでしまったのか。
つばきこそ、悦に浸っているのだと思っていた。自分が悲劇のヒロインみたいに。どう思っているのか、今のつばきからは図り知れない。

カシャン。つばきがフェンスに触れて、そのフェンスが音を立てる。やっぱり少し秋っぽい風が吹いている。
これからの季節、秋も冬も春も、また来年の夏が来ても、カンナはもうどの季節のにおいも感じることが出来ない。

「お前さ。」

呼びかける俺を、つばきがゆっくり振り返る。
誰もが憧れた童話のお姫様みたいな顔は、今日も綺麗で、グチャグチャにしてしまいたい。