何もする気なんて起きない。生きていく希望なんて、今の俺には無い。

毎日毎日、うなされる様に目覚めて、何かに突き動かされる様に海までの道を歩いた。
海を目の前にするたびに、嘔吐感が喉元をついて、けれど何も吐き出すことが出来ないまま、嗚咽を繰り返す。

カンナの火葬が終わって数日経つと、KEEP OUTと印字された黄色いテープも外された。
好奇心で海の周りにやって来る人はいたけれど、防波堤まで上がって、海に下りる人は居なかった。

俺は防波堤に上がることも出来ない。
カンナが最期に立っていた場所。そこに、カンナの残像でも見ることが出来るなら、どんなに良かっただろう。それが、俺が狂ってしまったという合図だったとしても、心は今よりずっと救われるのに。

疎遠になっていた中学の友達や、まだ学校は始まっていないのに噂や人伝いに聞いたのだろう、高校の友達からいくつも送られてきた連絡には、一つも応えられないでいた。
そのどれにも、優しさなんて見つけられない。
本当は、優しさもあるのかもしれない。でも、そんな余裕なんて俺には無かったし、まともな精神では、どれも受け取れなかった。

人一人の命を飲み込んだ海。
当たり前に、その見た目に違いなんてなくて、十六年間、俺のよく知っている姿のままで、今日も同じペースで波が寄せては返っていく。

石階段まで進んで、一段目に足を掛けてみる。震える足に力を入れてみたけれど、踏ん張ることができないまま、膝を付いた。

つばきに渡すはずだったりんご飴を入れたビニールの袋を、呆然と握りしめたまま、つばきの後ろ姿を見送ったカンナ。

三匹の金魚の墓があった跡に、手を合わせたカンナの横顔。

家の前まで送り届けて、「また明日ね。」と、どこか悲しそうに笑ったカンナに、キスをした。
唇の温度を感じた。生きているカンナを感じた、最後の瞬間。

あの瞬間の二人に、俺は何を後悔すればいいんだろう。どうしていればカンナは今も生きていられたのだろう。

そんなこと、考えてもどこにも答えなんか無い。カンナは生き返らないし、カンナとの約束も思い出も、もう一生更新されない。

つばきがカンナの家の玄関前に置いた椿の花を、あの日俺は握り潰した。クシャッとなってちょっとヘタれた椿の花は、バラバラにはならないまま、俺の手のひらからぽとりと地面に落ちた。
命を潰した気がした。

カンナの命の終わりを告げる様に。