ちょうど一週間くらいが過ぎた頃。カンナの検視が終わったと聞いた。ようやくカンナが家に帰れる日。カンナの親は、直葬を選んで、遺体は火葬場まで送られた。
カンナは最期に自分の家に帰ることも出来ず、親しかった友人や愛されてきた町の人達にも会えないまま、親族だけの密葬で燃やされて灰になった。

カンナの死を目の当たりにしていない俺は、まだどこかで信じられない気持ちがあった。せめて一目会わせて欲しいという俺の願いも、カンナのおばさんの「会わないであげて欲しい。」という一言で崩れ去った。
綺麗だったカンナの姿のままで、憶えていてあげて欲しい、と。

火葬場がどこにあるのかなんて知らないし、カンナが燃やされた時間だって知らない。見えもしない煙を想って、空を見上げてみたけれど、そこにはカンナの面影なんてあるはずもなくて、俺は何を以って納得すればいいのか分からなかった。

ただカンナに会いたい。明日も明後日も、何十年後も。カンナに会いたい。それだけだった。

つばきは何回か事情聴取を求められて、未成年だし任意だったから、自宅で警察の人と話をしたみたいだった。全部、親伝いに聞いた。つばきとは事件の日以来、顔を合わせていない。

つばきの証言や現場の状況、争った形跡も見受けられなくて、「つばきの言う通り」、不運な事故として処理された。

何人が、それを信じていただろう。

カンナが燃やされた煙なんて見えもしない空を見上げながら、歩いて、歩いて、カンナの家の前まで来た。家の中にはまだ人が居る気配はしない。おじさんもおばさんもまだ帰ってきていないみたいだった。

その代わりに、玄関前につばきが居た。ドアの前にしゃがみ込んで、手を合わせている。まるで金魚の墓に手を合わせる時と同じ様に。
体中の血液が沸々と煮えたぎる感覚がした。あの日以来、久しぶりに見たつばきの後ろ姿に声をかけようとした時。

しゃがみ込んだつばきの足元に何か置いてあるのが目に入った。
赤い、椿の花だ。花びらじゃなくて花の全部。
カンナの花よりも少し薄い色。枝は付いていなくて、頭の部分だけ。
コロン、と転がされるようにして置かれている。

「つばき…。」

声に出した俺を、つばきは振り返った。そこに立ちすくむ俺に、つばきはさほど驚いた顔もせずに、転がった椿をみて「あぁ、これ。」と言った。

つばきの名前を呼んだ俺を「椿」のことを口にしたと勘違いしたみたいだった。
つばきは立ち上がって、俺の前でも止まらずスッと追い越して歩き続けた。金魚の墓を作った時と同じ、制服姿。赤いリボンは結ばれていない。

つばきが振り返る。

「勝負、とーか君が負けたら、落ちてもらうからって、言ったでしょう。」

振り返ったつばきは泣いていた。
その言葉の意味を、俺はまだ理解していなかった。