立ち去っていくつばきの後ろ姿を見ながら吐き気を覚え、グラウンドに膝を付いてしゃがみ込んでしまった。

喉元まで出かかっている嘔吐感。けれど、吐き出すことが出来ないまま嗚咽を繰り返す。涙が次々と頬を伝って、口から抑えられない叫びが溢れ出した。

カンナ…。カンナ、カンナ、カンナ、カンナ、カンナ…。

嘘だって言ってくれ。全部悪い夢。熱い太陽が見せる幻。みんなおかしくなっちゃっただけだって。だからこんなヘンテコなドッキリなんて思いついちゃって、町全体で、警察まで巻き込んで俺を騙そうとしているんだって。

そんなことを今更思ってみても、カンナはもう還らない。
昨日交わした来年の約束も、隣にあったカンナの笑顔も何の意味も為さない。
来年どころか明日の約束すら、その約束を交わした一秒後には、もうカンナの居ない未来に向かって消滅していたんだ。

それからどうやって自宅まで帰り着いたか、あまり覚えていない。グラウンドで町の人に大丈夫かと声を掛けられて、それから一人で帰り着いたのか。誰かと一緒だったのか。
頭がガンガンして、気づけば自分の部屋のベッドで寝ていて、何かに叩き起こされる様に、ベッドの上で飛び起きた。

膝の辺りまで、見慣れたタオルケットが掛かっている。額は汗でびっしょりで気持ちが悪い。窓が少しだけ開いていて、風でカーテンが揺れている。窓の外はオレンジ色。さっきまでの記憶とは外の色が全然違っていて、タイムリープしたみたいな感覚になる。

悪夢を見ていたみたいだ。信じられないくらいに嫌な夢。こんな夢を見るなんてどうかしている。
そう…。悪夢なら良かったのに。

これは俺に起こっている現実だ。今朝の出来事が夢かどうかなんて、さすがに理解していて、それがハッキリと分かるくらいには、気も触れない自分が堪らなく嫌だった。

いっそおかしくなってしまえればどんなに良かっただろう。何もかも忘れ去って、平気な顔で生きていけるなら、そんなスイッチがあるなら俺は迷わず押すだろう。

ズキズキと頭が痛む。それでも考えることをやめられない。

つばきのあの表情。言葉。態度。
あれはきっとカンナの死に対して、誰も知らない確信を持っている。たぶん、事故なんかじゃない。証拠なんて無い。でもそうで無ければ、つばきのあの態度の方が説明がつかない。

つばきがずっと俺達の前でつき続けた嘘。涙。約束。俺とカンナを欺きながら、つばきはもう元には戻れないと、いや…戻らないと、一人で誓っていたのだろうか。

「何で…。」

何をどれだけ考えてもそれしか残らない。その答えがいつまでもいつまでも出せないまま、未来にはもうなんの光も見えない。
カンナの隣で感じた幸せは、俺には一生戻らない。