歩いている間、つばきは何も喋らなかったし、俺も何かを言えるはずも無かった。
人一人が死んでしまっても、自分にとってかけがえのない人が死んでしまっても、昨日と同じくらい太陽は熱くて、風は生ぬるい。
橋の下を流れる川の小さいせせらぎも、においも、もうすぐ聴こえなくなる蝉の大合唱も。

たった一人。その一人の命では世界は変わらない。世界は、変わらないかもしれない。こんな田舎町で生まれて、まだどこにも行けなかった命だ。
それでも俺の世界では、その命が全てだった。
まだ何も事実なんて知らないのに、まだ目の当たりにしていないのに、それでもこんなにも俺の世界を変えてしまう。何よりも大切な命だ。

海岸に渡る石階段と防波堤の手前。
KEEP OUT と印字された、ドラマや映画でしか見たことのない黄色いテープ。パトカーと乗用車が何台か止まっている。それから野次馬が数人。
こんな田舎町で、こんな非現実的なこと、この町の住人は、黙っては見ていられないだろう。

興味本位か好奇心か、憐れみか。その対象が、自分達のよく知っているカンナだと分かった時、どんな感情を抱くのだろう。

黄色いテープの前には、テープをくぐられないように、見張りの警察官が二人立っている。

「あの…。」

つばきがテープの前に立っている警察官の一人に声をかける。

「友達なんです、その…亡くなったの。」

「そう…。大変だったね。」

「防波堤に上がっちゃ駄目ですか?」

つばきが弱い子供の様に、泣き出しそうな声で警察官を見上げながら言う。警察官の男性は友達なんかじゃないし、職務を全うする義務がある。つばきがどんなにお願いしたとしても、その願いは聞き入れられないだろう。

「気持ちは分かるけど…ごめんね。まだ現場検証もあるし、危ないから駄目だよ。」

「そうですか…。分かりました。」

つばきは警察官に頭を下げて、俺の方へ戻ってきた。

「見せて貰えないって。まだ。」

「見せるって。」

「カンナちゃんが死んだ場所。」

つばきの口調や表情に、また心臓がドクンと波を打つ。
この状況を見れば分かる。ここで本当に誰かが死んで、それが事件性のある物か、事故か、自殺か…、警察の人達が調べているんだろう。
それがまだ「カンナ」であるかどうか、俺の心は納得していない。

薄く、白かった朝が段々といつもの景色に変わってきて、海岸の周りに駆けつけてくる住人も増えてきた。野次馬の人集りが出来て、警察の人達が制止している。
よく知っている町の人達。同級生や隣近所のおばさんやおじさん。俺やつばきと親しい人達は、俺達の姿を見つけて同情する様な目をしたり、コソコソと何かを言い合っている人達も居る。