教室に入って、俺はそのまま自分の席に座った。廊下側の列の、前から三番目。つばきも何も言わずに自分の席に向かった。
クラスメイト達に笑顔でおはよう、と言い合っている。綺麗な笑顔で。
俺の後ろの席の男子が「いいなぁ。つばきちゃんと幼馴染なんて。」と机に体を乗り出して言ってきた。
「我が儘で大変なだけだぞ。」と返すと「うそつけ。」と言われた。

やっぱりつばきはうまく化けている。それも一つの才能だと思う。俺も幼馴染じゃなければ、「本当の」つばきを知らなければ、高嶺の花で憧れだったかもしれないけれど。

つばきから目を逸らして、窓から廊下を見た。廊下を、というよりも、向かい側にあるカンナの教室を、だ。
ちょうどその時、カンナが小走りで教室の前のドアから出て行くのが見えた。その表情は昨日の朝よりも、もっと暗い気がして、気持ちがザラついた。
突然のことだったから数秒、動けずにいたけれど、すぐにハッとして、俺も教室を飛び出した。カンナは角を曲がって階段を使ったみたいだった。教室と階段は近いから、もうカンナの姿は見えない。
一階に行ったか、三階に行ったか分からなかったけれど、多分三階だと思った。

三階には本校舎と別館を繋ぐ連絡通路があって、別館には図書室や美術室、音楽室がある。
一階よりも、カンナがよく使っている図書室が可能性が高い気がして、俺は三階へと急いで階段をのぼった。

三階までのぼり切ってもカンナの姿は見えない。迷っている間にどんどん先へ行ってしまう。ここまで来たら絶対に図書室だと思う。
二年生の教室へと続く廊下と、職員室の間に連絡通路がある。
そこまで行って、連絡通路を渡って、最初に美術室。
美術室準備室、視聴覚室と続いて、その廊下を左に曲がって一番奥に図書室はある。図書室の前で、ようやくカンナを見つけた。

「カンナ。」

俺はカンナを呼んだけれど、思ったよりも声が小さかったのかもしれない。カンナには届いていなかったみたいで、俯いていたカンナは顔を上げて、図書室の中へ、スッと入っていった。