"クロード"と呼びかけ、マーガスは他の名を重ねた。

 "シェイド"は心すら覆う仮面の下で、感情のこもらない視線を返す。


 先に折れたのはマーガスだった。諦めた表情で濃紺のソファーに腰を下ろす。緻密な彫り細工で飾られた肘かけに右肘をもたせかけ、息を一つついた。


 もっとも、今ここで責任の所在の確認をしたって意味のないことだ。マーガスにはマーガスの事情がある。何を護り、何を犠牲にするか、彼の中でもとうに線引きされていた。

 だが、まだ若い王太子は非情には徹しきれず、今度は罪悪感の滲むため息と共に言葉を紡ぐ。

「ずいぶんと愛国心に溢れた――スタンレー公爵か。彼は、君の正体に気がついているようだが」

「そうですね。公爵には子供の頃から何かと面倒を見ていただきましたから。騙し通せるとは僕も最初から思ってはおりません」

「大丈夫か」

「――おそらくは」

 仮にスタンレー公爵から"シェイド"の素性が広まったとして、さしたる影響はないはずだ。

 クロードが隣国の王位継承争いに関わっていると示されたところで、彼が属しているのは正統なる継承権第一位を持つ王太子マーガスの派閥と分かる。

 マーガスの元にレミリアが正妻として嫁ぐ以上、彼が王位に就けばこの国の益に繋がることは間違いない。だからクロードの立場としては、むしろマーガス派だと一目で分かる方がありがたかった。