京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。

『僕はそうやって夢を見させてやっているんだ。仕事上でのポジションも与えてね。それになんの不満がある?』


春菜は下唇を噛み締めて田島を睨みつけた。


『さぁ、君ももう観念するんだ。そうすれば素敵な未来が待っているからね』


田島が唇を寄せてきて、肌の熱が伝わってくるまで近づいてきたとき、春菜はキツク目を閉じて右足を思いっきり突き出していた。


と、田島が『うっ』とうめき声を上げたのでそろりと目を開けてみる。


田島は真っ青になってその場にうずくまり、声にならない声でもだえている。


春菜の右足が田島の股間にヒットしたのだ。


春菜はもだえる田島を見下ろして一瞬声をかけようかと思ったが、そのまま背を向けて走り出した。


大好きだった彼氏から振られて、その翌日には信じていた上司からセクハラを受けた。


なんて災難続きなんだろう。


大通りまで出るとタクシーが何台か止まっていたので勢いで飛び乗って、アパートの住所を告げた。


『お嬢さん今まで飲んでいたの? ダメだよ、若い子がこんな夜まで出歩いちゃあ』


若く見られる春菜のことを大学生と勘違いしているのか、運転手は渋い顔でそういったのだった。