京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。

本当におかしいようで目尻には涙も浮かんでいる。


「やめてよねそんなこと言うの。私こう見えても結婚してるから」


そう言って左手を見せてくる。


薬指には確かに指輪がはめられていて、皐月は大きく息を吐き出した。


どうして今まで指輪に気が付かなかったんだろう!


「ヒロミちゃんは純一のことを狙っているから、春菜ちゃんに取られると思って焦ったんだろうね」


ひとしきり笑った後、皐月はそう言った。


「安心して。そういうんじゃないし、もう幼稚園に行っている子供だっているんだから」


「そうなんですか」


こんなキレイな皐月にすでに子供がいるとは驚きだった。


「さて、これで春菜ちゃんの心配ごとのひとつは無くなったわけだ?」


「はい」


素直に頷いてからニヤついた皐月と視線がぶつかって顔が熱くなってしまう。


「でもねぇ、恋愛もいいけど記憶も大切だと思うよ? 純一は優しいからいつまでも春菜ちゃんを置いておくかもしれないけど、記憶はいつまでも空白のままじゃまずいでしょう?」


そのとおりだった。


このままずっと純一に甘えていたいという気持ちは正直あるけれど、自分の友人や家族、本物の職場のことはずっと気がかりだった。