京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。

「でもその黒田って人なら春菜ちゃんのこと色々教えてくれるんじゃないの？」


「たぶん、そうですけど……」


「なにもかもわかって、帰る場所がわかったら旅館から出てくことになる。それが嫌？」


春菜は頷く。


胸の中に形容しがたい痛みが滲んでくるのを感じる。


今のこの話を純一の彼女である皐月はどんな気持ちで聞いているだろう。


自分が皐月の立場であれば、さっさと帰って欲しいと願うに決まっているのに、無様にしがみつこうとしている自分がいる。


「ごめんなさい。純一さんの彼女さんにこんな話をしてしまって。あの、私できるだけ早く旅館を出ます。だから今の話は純一さんにはしないでおいてください」


早口でそう言うと、皐月が何度もまばたきを繰り返した。


こんな言い方をすれば自分は純一のことが好きだとバラしているようなものだ。


皐月は呆れているのかもしれない。


「ちょっと待って、あいつと私が付き合っているって何の話？」


皐月はまだまばたきを繰り返している。


自分のために素知らぬ顔をしてくれているのだろうか？


一瞬そう思ったが、皐月はそんなことをするタイプではないとすぐに察した。


「えっと、ヒロミさんから聞いたんです。純一さんと皐月さんは恋人同士だって」


そう話すと皐月は大きく目を見開いてそれから盛大に笑い始めた。