京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。

その言葉に春菜は大きく頷いた。


実は自分でも薄々そう思い始めていたところだったのだ。


ここでどれだけお客様の顔を見ても、観光地を歩いてみても記憶が刺激されることはなかった。


それなら自分は元々京都の人間ではないのかもしれないと。


「でも、いいんですか? 純一さんのお仕事は」


「今日は予約のお客様も少ないので大丈夫です」


にこやかに言われても、その笑顔にチクリと胸が痛む。


純一と皐月は付き合っているのだ。


自分が純一を好きになんてなれるわけがない。


向こうは若女将で、自分は記憶喪失の得体のしれない女なんだから。


自分自身にそう言い聞かせて気合を入れ直した。


「じゃあ、ご飯の後、準備ができたら裏口に集合しましょう」


「はい」


春菜は今日こそなにか記憶に刺さるものを見つけようと、大きく頷いたのだった。