京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。

春菜の私服はここに来て少しだけ増えていた。


純一が黒いワンピース1枚では不便だろうからと、近くの激安ショップに連れて行ってくれたのだ。


そこに置かれていた服は流行りのものから動きやすさ重視のものまで様々だったが、名前の通り確かにどれも激安だった。


1万円しか持っていない春菜のために、そういうお店を選んでくれたのだ。


そこで買ったジーンズと灰色のTシャツに着替えて、春菜はフロントへと急いだ。


すでに明かりは落とされて、常夜灯だけで照らされているそこに純一が待っている。


「お呼び出てして申し訳ありません」


いつもながら丁寧な言葉に春菜は恐縮してしまう。


「とんでもないです。私になにか御用ですか?」


「この後予定がなければ、少し付近を歩いてみませんか?」


てっきり仕事ができそうか質問されると思っていた春菜は、純一の言葉に驚いた。


「それって散策ですか?」


「そうですね。部屋の中にこもっているよりも、いいと思うんですが、どうですか? もちろん僕が案内しますから」


「もちろん、嬉しいです!」


春菜は勢いよく頷いた。


純一と2人で嵐山散策だなんて、複雑な事情さえなければデートだ。


自然と心が踊ってしまうのを、どうにか押し込める。


「よかった。それでは行きましょうか」


旅館から出てすぐに春菜は後悔した。


こんなことになるなら、あのお店で買ったスカートを選ぶべきだった。


白のフレアスカートならデートっぽく見えたのに。